第560話 見た目では分からないこともある

 痛みで情報を手に入れるのはあまり良い手ではない。

 だが二人いるなら確証は高まる。

 情報をそれぞれ検証できるし、片方を絞り上げている間にもう片方が助かりたい一心でペラペラ喋る。

 これは人間の心理と言えるだろう。


 手についた汚れを落としながらため息をつく。とても退屈な時間だった。

 血を見ることが好きなわけではないし、見ず知らずの他人が苦痛にもがいている姿は不快なだけだ。

 ヨハネを困らせると面白いのだが。


 道具を洗浄し、汚れを落とす。

 必要な情報は得た。

 尋問した男たちは根を上げるのが早く、ちゃんとまだ生きている。


「後は任せたわよ」

「毎度ありがとうございます」


 男はしわがれた声でやけに礼儀正しく言った。

 尋問が終わった後に呼び出した彼は裏稼業のつてで呼んだ掃除屋だ。


「長い間この商売をしておりますが、王城で仕事をさせて頂けるとは。珍しいこともあるものです」

「分かってると思うけど」

「ええ、ええ。もちろん承知しておりますとも。我々のモットーは信用第一ですので、決して情報は漏らしません。ご安心を」

「ならいいわ。代金は変わってる?」

「実は少し値上げをいたしまして。男二人で金貨二枚を頂戴しております」


 金貨二枚を渡す。

 金さえちゃんと払えば彼は裏切らない。


「たしかに。後はお任せください」


 彼の部下が捕まえていた二人を袋に入れて運ぶ。

 周辺も奇麗に掃除してくれた。もっと早く呼べばよかったか。

 この後どうなるのかは知らない。

 少なくとも、掃除屋に連れて行かれた者を見掛けたことは一度もない。


 同業者を始末した時は王国軍に後始末を任せたが、さすがにここで事件があったことは悟られるわけにはいかないし。


 酷く疲れた気がする。

 久しぶりに暗殺業をしているからだろうか。

 血の匂いなど気にもしなかったのに、今は不愉快ですらある。

 人のことを平和ボケなどと言えないか。

 ヨハネの下で働くうちに随分となまってしまったらしい。


 男たちから手に入れた情報をもとに、アジトへと移動する。

 最初は王都の外周部辺りかと思っていたが、それは意外な場所だった。

 高級住宅街には行けないが、それでもそれなりの貴族が集まっている地区にアジトがあるという。


 夜中なので灯も落とされ、真っ暗だ。

 物音もほとんどない。たまに犬が遠吠えするくらいか。


 実際に情報通りの場所へ行ってみると、貴族の館があった。

 手入れはあまりされているとは言い難い。

 他の貴族の館に比べて小さく、みすぼらしい。

 だが塀だけはやけに立派で、そう簡単に侵入できないようになっていた。


 みすぼらしい外見は見せかけだ。

 よく目を凝らして確認すれば、他の館にはないトラップが所狭しと仕掛けられている。

 何も知らない人間が正規の入口以外から侵入しようとすれば、確実に命を落とすだろう。

 これは間違いなく要塞化された暗殺者の住処だ。

 フィンの目は誤魔化せない。


 ペロリと舌で唇を舐める。少しは面白くなってきた。

 入り口の鍵を壊して正面から行ってもいいが、あえて最もトラップのあるルートを通ってやろう。

 トラップというものは仕掛けた人間の性格が出る。

 なのでトラップの仕掛け方や種類を確認すれば自ずと性格や考え方、あるいは癖が分かる。


(これを仕掛けたやつはかなり性格がひん曲がってる。どれもこれも致命傷を与えるよりも相手を苦しませるのを優先してるわね)


 一度刺さったら抜けないかえしが付いた針や、広く浅く傷を付けるために鉄糸が張られていたり。

 だがフィンからすればそれらは児戯に等しかった。


(他愛ないわね)


 意図が透けて見えるのだ。

 トラップは簡単に無効化し、回避できた。

 どちらかは覚悟しなければならないような、複雑な二択を選ばせることもない。

 トラップの道を走破し、窓に手を触れる。

 フィンが仕掛けたのと同じものが窓にあった。

 だがフィンは鍵を開けることはしない。

 テープを窓に張り付け、その上からナイフの柄で叩きつけて割る。


 こうすれば音は響かず侵入できる。

 以前侵入した同業者のアジトに比べればやはりたいしたことはない。

 あの時はもっと緊張感があったものだ。


 館の中にはトラップもない。

 音もなく移動し、部屋を確認していく。

 素人に毛の生えた連中。それも油断している相手を始末するのは簡単だった。

 トラップがあるからか警戒すらしていない。


 やがて一番奥の部屋に到着すると、裸同然の女が少年に抱き着いていたのが見えた。

 少年の身なりは他の連中とは違う。

 恐らく貴族だろう。

 貴族の地位を持つ少年を篭絡し、その館をアジトにして好き勝手に使っているのか?

 確かに見つかりにくいだろうが……。


 部屋を開けて入ると、女は慌ててシーツを手繰り寄せて後ずさる。

 少年は微動だにしない。

 よく見ると少年の両目は火傷の跡があり、目を閉じていた。

 恐らく目が不自由なのだろう。

 上手く懐柔すればどうとでもなると思われたのか。


「どなたですか?」

「名前を名乗る気はないわ」


 部屋に入った瞬間分かった。

 この女はただの娼婦ではなく、暗殺者だ。

 そしてこの少年は……。


「ここは私の館です。無用な立ち入りはご遠慮ください」

「演技するのやめてくれる? 血の匂いが凄いわよ、坊や」


 人を殺した人間というのは、どうしても血の匂いがする。

 手を洗っても、身体を清めても、何をしても消えることはない。

 そしてフィンの鼻はよく効く。

 暗殺者としての経験から、目の前の少年が見た目通りではないことを察知した。


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