第559話 アフターケアも万全です

 買収したメイドからの連絡がないことを連中はおかしいと思うだろう。

 次は直接やってくるに違いない。

 アジトの場所を調べに行って入れ違いになるのも面倒だ。

 ティアニス王女の部屋の上で浅い仮眠をとりながら待つことにした。


 本当に睡眠が必要な時は少しの時間でもかなり効果がある。

 仮眠するだけで丸薬で抑え込んでいた目の痛みや頭痛、思考の乱れが治まっていった。

 いつ来るか分からない相手を待つのは同じだが、今は獲物が掛かるのを待つだけなので精神的な負担も少ない。


(来たわね)


 かすかな音が窓の外から聞こえてくる。

 細工をした窓から侵入してくるつもりなのだろう。

 フィンがトラップを仕掛けているとも知らずに。


 仮眠から起き上がり、ティアニス王女の部屋に侵入する。

 見張り役のメイドはうつらうつらしており、そっと香をかがせるだけで眠りに落ちた。

 途中で王女が目を覚まさないようにこっちにも深い眠りに落ちる香をかがせておく。

 これでそう簡単には目を覚まさない。


 それと同時に外側から窓を開けようとした何者かが、トラップを発動させる音が聞こえる。

 突然の痛みに悲鳴を上げていた。

 中から窓を開けて外へと出る。


「うるさいわね。あんたらもプロなら指が何本か飛んだくらいで騒ぐんじゃないわよ。誰か来たらどうするの」


 二人組の男だった。

 足元にはバラバラになった指が転がっており、片方の男が指の無くなった手をかばっている。


「な、なんだお前は」

「三流の雑魚に名乗るほどの名前は持ち合わせてないわ」

「これもお前の仕業か。ふざけやがって」


 男たちはそれぞれ武器を持って立ち上がる。

 だが動き回られては血が飛び散って後始末が大変になる。

 今回は全てフィンがやらないといけないのだ。なるべく楽に済ませたい。


「あんたが動くと血が飛び散って大変なんだから、大人しくしてて」


 指を失った男の背後へと移動し、首の後ろを指で突き刺す。

 脊椎を圧迫してやれば神経が麻痺して身動きが取れなくなるのだ。


「あべっ」


 変な声を出して男は失神した。

 もう一人の男がダガーを振りかぶってこっちにくる。

 やはり素人だ。

 魔物を相手にするならまだしも、喧嘩じゃないんだから振りかぶる必要はない。

 最短で突いて急所に差し込むだけでいい。


 肘と膝で相手のダガーを持つ手を挟み込む。

 加減無しでやったので骨が砕ける音がした。

 それから首を掴み、頸動脈を圧迫する。

 きちんと訓練をしていれば少しは耐えられるはずなのだが、あっという間に泡を吹いて気絶した。


「三流どころか素人じゃないの……はぁ。まともな護衛がいればどうとでもなる相手ね」


 傷口に薬を塗り込み、指がなくなった男の手首を縄で締め付けて止血する。

 それからかっぱらってきたシーツを使って男たちを包む。

 これで途中で起きても動けないし、血もこれ以上飛び散ることはない。


 ため息をつきながら周囲の血を掃除し、ティアニス王女の部屋の窓から細工とトラップを回収する。

 部屋の中に入って魔道具も全て回収した。

 アフターケアも暗殺者の大事な仕事なのだ。

 ターゲットを殺して終わり、ではない。

 しかしいつものことながら、この時間は何をしているのか自分でも疑問になる。

 ヨハネの仕事の方がよほど楽しい。


(これ売れるかしら? 暗殺用の魔道具なんてアイツは要らないでしょうし)


 二人の男はシーツにくるんだまま蹴る。

 すると屋根からゴロゴロと転がって落下した。

 この時間帯の巡回は別の場所なのは確認済みだし、下は芝生になっている。

 高さはあるが、死にはしない。

 夜なら人気もない。

 難民キャンプも今は撤去されている。


 フィンは外壁を飛び降りて落下地点へと移動する。

 二人とも痙攣してはいるがまだ生きていた。

 シーツを縄で縛り、引っ張っていく。

 二人を引きずるとなると結構な重さだが、アズたちとやった魔物狩りでかなり力が身に付いた。これ程度ならなんともない。


 普段使われていない倉庫に引きずり込むと、鍵を内側から掛けて誰も入れないようにする。

 埃っぽくて、ジメジメした匂いがした。

 環境は悪いが、換気すらされていないならそれだけ人が来ないということだ。

 こういうことをするには具合がいい。


 男たちを椅子に縛り付けるとシーツを剥ぎ取る。

 二人とも気絶していたので、顔をビンタして無理やり叩き起こした。


「んあ……全身がいてぇ、何しやがったこの女」

「ちょっと屋根から突き落としたのよ」

「なっ」


 男がようやくビビる。

 そもそもこの状態では、フィンが男たちの生死を握っているのを理解しているのだろうか?


「あ、あいつの傷の治療をしてやってくれないか?」

「止血はしてやったわよ。あんたたちに色々聞きたいこともあるから」

「じゃあ何を聞きたいんだ?」

「メイドから聞いたわよ。一応暗殺者の集団なんだって? とても信じられないけど……雇い主とアジトの場所を教えてもらいましょうか」

「言うわけないだろう」

「だよねぇ」


 フィンは胸元に手を入れると、ゆっくりと袋を取り出した。

 これには拷問用の器具が入っている。

 拷問と言えば大掛かりな道具が必要だと考えがちだが、人間に苦痛を与えるのが目的ならそうでもない。

 ああいうのは拷問そのものが目的のサディストが好んで使う。


「痛いのが嫌なら早めに喋った方がいいわよ。これは私からの忠告と……優しさかな」

「よ、よせ。やめろ。俺に近づくな」


 男は縛られた状態で身動ぎしてガタガタと椅子を揺らす。

 だが、無意味だった。

 袋から一つ目の器具を取り出す。

 夜は長い。時間はたっぷりとある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る