第557話 ネズミ狩りを始める

 ティアニス王女とアナティア嬢。二人の身の安全は最重要事項だ。

 今の地位は二人がいてこそである。

 別に地位に執着する気はないが、一緒に働くことは意外と気に入っている。

 無茶振りもアナティア嬢のおかげで大分抑えめになった。


「危険に晒されているなら二人を守って欲しい。俺は専門家じゃない、やり方はお前に任せる」

「ん、分かったわ」

「ただしお前の身の安全が最優先だ。無茶はしないでくれ」

「そういうとこ、本当に変わらないわね。まあ傷だらけだった私を受け入れたくらいだし当然か」


 フィンがヨハネの胸を軽く叩く。

 照れ隠しなのが伝わってきた。


「もし能天気に相手を殺すな、なんて言ったらぶっ飛ばしてたけど」

「裏稼業が命の取り合いなのはもう分かってる。お前の手を血で汚してほしくないとは思っているが……」

「あんたのところで気楽に過ごしてたけど、私は日和ったわけじゃない。それに言ったでしょ。優秀な奴ほど帝国に流れてるって。痕跡を残すような二流は相手じゃないわ」

「二人には教えた方がいいか?」

「公爵令嬢の方はともかく、王女様には演技は無理でしょ。囮にした方がこっちも読みやすいわ。安全を確保したら戻るわね」

「囮って……」


 すぐにフィンは姿を消した。

 どうやら陰から二人を守りつつ、刺客を排除するようだ。

 これに関しては手伝えることはない。

 むしろ何かすれば足を引っ張るだけだろう。


「アレクシアは気付いたか?」

「いいえ。痕跡は分からなかったわ。同業だからこそ分かる何かをフィンは感じ取ったのかもしれない。ただ確かに嫌な感じはしたわね」

「あ、それ私も思いました。ねっとりとした悪意を感じたというか。フィンちゃんは鋭いですねぇ」

「そうか……証拠もないし、狙われているなんて王女たちに説明するのも難しい。ここはフィンに任せよう。もし何かあったら俺の命令だということにすればいい」


 しばらくは大人しく仕事を進めるとしよう。




 さてさて。

 フィンは王城に忍び込むと舌なめずりをして死角から死角へと移動する。

 衛兵や兵士がいるものの、フィンに気付くものはいなかった。

 勘の鋭い騎士などがいれば視線くらいは向けてきてもよさそうなのだが、そういう気配もない。


 相手の視線を確認してから音を立てず、決して意識しない場所を通っているのでまあ当然か。

 フィンを見つけるには、魔法を使うかそういった訓練をしている必要がある。


(王城の警備はたいしたことないわね。平和ボケしてるわ)


 昼間でこれだ。

 フィンほどの実力がなくても、夜なら恐らく暗殺だって容易にできるだろう。

 これでは頭の足りない貴族でも欲が出るのは仕方ない。


(優秀過ぎるのも考え物だわ。つい口を出しちゃった)


 あのまま見て見ぬ振りもできたが、それはプライドが許さなかった。

 生きるために身に着けた技術ではあるが、それなりに自信もある。

 心にモヤモヤを抱えたままでは持ちよく昼寝もできやしない。

 それにあのお嬢様二人は雇い主であるヨハネにとっても価値がある。

 生かしておいた方が得だろう。


 持たざる者であるフィンにとって、生まれてから全てを持つ貴族は決して相容れない存在だ。

 そいつらに使われるのは本当にストレスだった。

 仕事を受ける時に下衆な視線を向けられたこともある。


 だからかヨハネの下で仕事をするのは心地よかった。

 避けていた定住を選択するほどに。

 なのでまぁ、頑張るとしよう。


 まずティアニス王女の部屋に侵入する。

 部屋にいた時から眠そうにしていたからか、思ったとおりどうやら昼寝の最中のようだ。

 メイドが一人付いているが、訓練などは受けておらず音もなく入ってきたフィンに気が付いていない。

 メイドの後ろをとってそっと気絶させ、椅子に座らせた。


 それからティアニス王女の寝顔を見る。

 安心しきっている無邪気な寝顔だった。

 頬をつついても起きない。眠りは深いようだ。


 指をそっと首に移動させる。

 頸動脈の位置で人差し指が止まった。

 わずかに力を入れただけでこの少女は死ぬ。


(運がよかったわね。あいつが味方でさ)


 指を離す。

 王族の娘など気に入らないが、生殺与奪の権利はフィンにある。

 それで満足することにした。


 今のうちに見つけた痕跡を調べる。

 やはり、というべきか部屋に仕込まれていた。

 呪術系の魔道具だ。

 全て無効化する。こういうのは魔石を外せばただの置物だ。

 恐らく発動と共にティアニス王女を衰弱死させるつもりなのだろう。

 これで一先ず、いつの間にか死んでいたという事態は防げる。

 後は無効化されたと分かった連中を潰せばいい。


 窓の辺りにも細工がしてあった。

 鍵が弄られて外側から開けられるようにしてある。

 初歩の初歩なのだが、これに気付けないほど今の王国には人材がいないのか。

 鍵の仕掛けを利用してトラップを仕掛けておいた。

 これで窓から侵入しようとしたら指が消し飛ぶ。


「あーたのしい。誰かの思惑をぶっ潰して無意味にさせるのって最高よね」


 相手の思考を読み、完封する。

 これこそがフィンが暗殺者として優れている点だ。


 力ではアレクシアにかなわず、身体能力はアズの方が勝っている。

 エルザのように他人を癒す力はないし、オルレアンのような博識さはない。

 それでも、フィンは自分が劣るとは思っていない。


(あいつの泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶわね)


 ティアニス王女の部屋はこれでいい。メイドをツボを突いて起こし部屋から退出した。

 うたた寝していたと思うだろう。


 アナティアの方に関しては……メイドがきっちり守っている。

 ティアニス王女とは違い、アナティアのメイドは護衛も兼ねており暗殺者対策も問題ない。

 部屋に何か仕込まれてもすぐに排除できるだろう。

 フィンですらバレるのを覚悟で本気を出さなければ、部屋に侵入するのは不可能だ。


(色目を使ってるからちょっとお灸を据えようと思ったけど、ふん。やるじゃないの)


 ではでは。

 後は間抜けなネズミを仕留めるとしましょう。


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