第556話 道具をどう使うかは持ち主次第
その後も色々とアイデアを出したり、貴族たちからの提案を検討したりした。
特に貴族からの提案を全て断るのは難しいそうだ。
ある程度は取り入れないと不満が募って国政にも支障が出るとか。
ティアニス王女に関わる前は、王とは絶対的な権力を持つと思っていたのだが……。
帝国の支配者となったケルベス皇帝とは違い、どこかで妥協しなければならない。
提案の中で比較的マシなものを選び、戴冠式に組み込んでいく。
議論が進むほど形にはなっていくのだが、その分複雑に思惑が絡み合ってしまう。
ありていに言えばベストなものを目指すのではなく、如何に最悪の状態を避けるかということだ。
この辺りは商売の考え方にも通じるものがある。
当たれば莫大な金が儲かる商売があったとして、もしそこに僅かでも破産するリスクがあるなら手を出すべきではない。
それなら破産はしないが少ししか稼げない商売の方が遥かにマシだ。
地に足をつけるとは、そういうことだと思う。
「なんとか形になったかしら?」
「そうですね。現時点ではこれがベストだと思います」
アレクシアやエルザにも助言を貰いつつ、三人で苦労してなんとか草案をまとめることができた。
正直かなり大きな事業計画書を用意している気分になってとても疲れた。
「本当? 正直考え過ぎてもう物理的に頭が痛いわ。苦労するとは思ってたけどまさかこんな形で大変だなんて。二人がいなかったらと思うと……はぁ」
「今回のは規模が大きいので大変でしたが、まあ書類仕事は慣れですよ。形式が分かればもっと楽に早く処理できます」
「そう祈るわ」
「一息つきましたし、休憩に間に甘いものでもどうですか」
用意してきたスイートポテトの出番だ。
痺れるような甘さに仕上がった.これは、疲れ切った脳にさぞ染み渡るだろう。
糖分の塊だ。
「なにかしら?」
「ケーキが食べたい……あら」
甘い匂いにティアニス王女が反応する。
箱からスイートポテトを取り出すと、一気に表情が期待に変わる。
「どうぞ」
「ま、まぁ折角作ってきたんだし。食べてあげようじゃない」
「いただきますね」
二人とも小さな口で上品にかぶりつく。
この辺がアレクシアとの一番の違いだろうな。
アレクシアを見ると文句でもある? と言いたげな顔だった。
「これよこれ。疲れた時にはやっぱり甘いものよ。お代わり貰うわね」
「ああもう、そんなに急いで食べなくても。太るから食べすぎちゃダメよ。ヨハネさん、これとっても美味しいです。レシピを聞いてもいいですか?」
「いいじゃない。アナティア姉さんが作れるようになったら、いつでも食べれるようになるわ」
「もう、調子に乗らないの」
「構いませんよ、作るのは簡単ですから。大事なのは使用する芋です」
素材の味を活かす料理だ。
二人の表情を見れば気に入って貰えたのが分かる。
レシピと共に、この芋をルーイドで栽培する許可を求めた。
「そういえばあんたには食料に関しても任せてたわね、感心感心。主食にできて一年中育てられる。そして収穫も早いなら文句はないわ」
「これって救荒植物ですよ。王国内とはいえ、ほぼ独立している北の集落からよく譲ってくれましたね?」
「普通に譲ってもらえましたよ。肉とお金を支払って交換したんだったかな。彼らにとっては日常的に採れる作物で特別なものではないようです」
「麦はどうしても定期的に不作になりますから、それを少しでも補えるなら飢える人たちを減らせます。冬にも育つならどれだけの人を救えるか……」
思った通りティアニス王女とアナティア嬢に受け入れられた。
一応実験で連作の障害なども調べているが、麦や蕎麦を間に挟めば問題なかった。
この芋はきっとこれからたくさんの王国の人の胃を満たしてくれるに違いない。
調理も最悪焼くか煮るだけでなんとかなる。
「もうお腹いっぱい。このまま寝たいくらいだわ」
「お開きにしますか? 今のところはこの草案で十分でしょう。どうせ色んなところから新しい要望がきて修正することになると思いますし」
「ちょっとヨハネ、嘘でしょ? これは考えられる限り完璧じゃない!」
「残念ながらティアニス王女殿下。計画というものはギリギリまで誰かが口を挟んでくるのです。それも決まって断れない相手から」
「分かります。どうしてもと言ってねじ込んでくるんですよね……多少なら借りという形で済ませるのですが、中には一からひっくり返そうとする人も」
「いますねー。何を考えてそうなったのやら。事前に弾けたら一番なんですが、決定権を持ってたら最悪です」
「その点だけは心配いりません。私たちがトップなのは変わりませんから」
あやうく愚痴合戦になるところだった。
アナティア嬢がティアニス王女の肩を抱く。
そうしているとまるで本当の姉妹のよう。
今回の会合はティアニス王女の眠気が限界に達したのでお開きとなった。
少しは二人の役に立てただろうか。
さすがに得た情報を使って小銭稼ぎは止めておこう。
いつ足元を掬われるか分からない。
身の潔白が一番の盾になる。
彼女たちの重責を代わりに背負うわけにはいかないが、こういう形で影から支えられればいいなと思う。
モーマン財務卿をはじめとした貴族の重鎮が無茶振りをしないといいのだが。
そうなったらまた呼び出されるだろう。
いつそうなってもいいように仕事の調整をしておこうかな。
「あのさ」
「どうした?」
城から出たあたりで、フィンが後ろを振り向く。
「あの二人、狙われてるかもね。部屋の中にいくつか痕跡があったわ」
「……代理権を持つ公爵令嬢と次期王女だぞ? 暗殺なんてしたらそれこそ国が傾く」
「分かってないわね。裏の連中に仕事を頼むやつは明日のことなんて考えないの。今目の前の邪魔なやつを始末して欲しいんだから」
「それは、そうかもしれないが」
「どうする? 私はあくまで道具。ただの一振りのナイフでしかないの。それをどう使うかは雇い主であるあんたの役目よ。ヨハネ」
フィンがこういうのなら、間違いなくそうなのだろう。
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