第555話 ちゃんと私を導いてよね
ちょっとしたハプニングにどぎまぎしつつも、無事王城に到着した。
アナティア嬢には困ったものだ。
年頃の女性なのだからもっと警戒心を持ってもらわねば。
フィンやアレクシアも入城してよいと許可を貰ったので連れてきている。
ティアニス王女の執務室に入ると、書類の束に囲まれた状態で仕事をしていた。
「ヨハネが来たから休憩にするわ。紅茶を淹れてきて」
入室と同時に仕事を切り上げてティアニス王女は立ち上がり、疲れた様子でソファーに移動した。
「何してるの。さっさと座りなさいよ。ソファーを追加してあげたから後ろの子たちもね」
どうやら毎回立って待っているアズたちのために、ソファーを用意してくれたらしい。
こっちを見てきたアズたちに頷いて座るように促した。
アナティア嬢のメイドが全員分の紅茶を用意してくれる。
ありがたく頂いた。
砂糖と輪切りのレモンを入れて一口飲む。
茶葉が良いのだろう。美味しい。
「カノンは怪我がよくなってきたから遣いに出してるわ。今日は戻らない」
「あの大怪我からもうですか。それはよかった」
「あんたの司祭のおかげよ。私は気を失ってたけど、本当に死んでいてもおかしくなかったって聞いたわ」
「ええ、エルザの治療には助けられてます」
「ごめんなさい、お待たせしたわね」
ティアニス王女と話しているとアナティア嬢が入室してきた。
髪を見てみるとまだしっとりと濡れている気がする。
肌も少しだけ普段より赤みがさしているような……。
そこから連想してシャワーを浴びているアナティア嬢の姿を思い浮かべてしまい、慌てて別のことを考える。
いくらなんでも不敬だ。
視線が向かったことが伝わったのだろう。
アナティア嬢がこっちに微笑む。
「ヨハネさん、どうしました?」
「いえ、今日もお美しいなと」
「あら、嬉しいです」
「こほん、二人ともそういうのはいいから本題に入るわよ」
「そうしましょう。戴冠式のついてですね」
「そう。改めて帝国の戴冠式を見てきた感想と、私の戴冠式をどうするかを話し合いたいの」
ティアニス王女の言葉に頷く。
戴冠式は不安を抱えている王都の人たちにとってはきっと明るいニュースになるだろう。
だがその塩梅が難しい。
豪華すぎればその金をなぜ我々に使ってくれないのかという不満が出るし、だからといって粗末だと王国には金がないのかと思われる。
「貴族の方々はなんと?」
「あいつらは基本的には豪華にすればするほどいいって感じね。だってその方がお抱えの商人たちに甘い汁を吸わせられるから。キックバックだけで相当な額になるでしょう。逆に宰相を中心とした法衣貴族は最低限の予算を主張してるわ。仕事が増えて旨味がないから」
「なるほど、利権でまたも対立と」
「そうなのよ。もう何なのかしら。私の戴冠式なのにただの政治の道具扱いよ」
ティアニス王女はため息をつきながら机に突っ伏した。
バロバ公爵の後ろ盾があってもこれなのだ。
もしもティアニス王女だけだったらもっと酷いことになっていただろう。
下手したら操り人形にされていたに違いない。
王宮内は権謀術数をめぐらす恐ろしい場所だ。
隙を見せたら食われる。
モーマン財務卿がヨハネを取り込もうとしたように。
「結局結論は出なくてティアニスが預かることになったの。成功すれば王家の威光に繋がるけれど、失敗すれば王家の失墜になる」
「貴族たちにとっては好都合ですか」
「そうね。失敗しろって露骨な目で見てくる奴もいたわ。悔しい……私のことを舐めてるのよ。ただじゃおかないんだから」
「ふふ、頑張って権力を握ろうね」
「……アナティア姉さん、笑顔で言われるとちょっと怖いわ」
ティアニス王女はアナティア嬢に少しビビっていた。
いざ怒ると怖いのは普段優しいが芯のしっかりしたこういう人だ。
帝国の戴冠式については以前軽く話したので、具体的にどう取り入れるのかを話す。
完全に真似するのは無理だ。
ケルベス皇帝が派手にやったのもあって、王国で同じことをすると国庫が破綻する。
「国民に食事を振るまうのはいいと思う。仕事に就く人も増えてきたとはいえ、満足に食事をとれてなかったり節約している国民はたくさんいる」
「そうね。分かりやすく満足して貰えると思うわ。警備の問題もあるからお酒は無しにしたいけれど」
「食事だけで十分だと思います。それだけで助かる人たちは多いでしょう。それに食事を振る舞う食材を市場から仕入れればお金も還元できますし」
「さすが商人。中抜きも防げて一石二鳥よ。下手なやつに任せたらごっそりお金を抜いて腐った食材を用意しかねないからそうしましょう」
「それは……そんなことありますか?」
「あんたは知らないかもしれないけど、あったのよ。とある時代に飢餓が起きて飢えた民衆が貴族の館に押し寄せた。貴族は食料を民衆に分け与えたけど、それは全て腐った食材だったの」
聞いただけでゾッとする内容だ。
そんなことをされたら、もはや侮辱されたどころではない。
民衆は文字通り命の危機と猛烈な怒りを感じただろう。
怒りに支配された民衆は決して止まらないことは時代が証明している。
「いくらなんでもあんまりです。その貴族はどうなりました?」
「怒り狂った民衆が犠牲を出しながらバラバラにしちゃったって聞いてる。そりゃそうよね。皆生きているんですもの。それを理解してない貴族がまだいるのよ。あんたの仕事は私がそうならないようにすることだからね」
「承知しました。王女殿下」
「頼りにしてますよ、ヨハネさん。私も帝王学は学んでいますが、市井の生活を理解しているとはいえませんから」
ティアニス王女の補佐官という立場は面倒だとも思ったが、ヨハネ次第で国民の生活が豊かになる可能性もある。
命を助けたことで信頼してくれているのだ。
ヨハネの商売は消費財が主だ。つまり皆が豊かになるほど儲かる。
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