第554話 公爵令嬢のいたずら

 後日、ラミザさんに魔石を売りつけたお金を近況の支払いに充てて当面の問題は去った。

 カズサの猫の手亭は黒字な上に全てニコニコ現金払いなので、うちの持ち出しはもう必要なくなっている。

 それどころか改装費用のお金を少しずつ返してくれているほどだ。

 無理はしないようにと伝えているが心強い。


 この調子ならしばらく寝かせるしかない王国の手形を担保にして、店の大規模な改装を進めてもいいかもしれない。

 全額借金は少し怖かったのだが、一部だけでも担保があると全然違う。


 出かける前に腹ごしらえをしておこう。

 ルーイドで収穫した芋を貰ったのでふかしておやつとして食べる。

 甘くてホクホクしており、腹持ちも良さそうだ。

 収穫量も想定以上だし、北の降雪地帯でも収穫できるほど寒さにも強い。

 毎日食べるとなると飽きそうだが、麦が不作の時に主食にする分には問題ないと思う。

 あるいはかさましで使うとか。使い道は多いだろう。


「どうだ? 蒸かして塩を少しまぶしただけだが」

「美味しいです。ほとんど手間もかかってないから楽ですね」

「甘いわね。これをすり潰したらお菓子にできるんじゃないかしら?」

「それも美味しそうだ。王女様に蒸かした芋を持っていくわけにもいかないし、一工夫するか」


 アズたちの評判もいいし、概ね良好といったところか。

 今回の実験で種芋も確保できたし、この芋をティアニス王女のところへ持っていって正式に栽培許可を貰って大規模に植える手続きを進めよう。

 王国の食糧事情が大きく改善される可能性がある。

 そう考えるとワクワクした。


 もちろんこの芋のせいで麦を含めた食料の値段が落ちたら悪影響が出るので、その辺はコントロールしていく必要がある。

 間接的に果物を売っているあの少女みたいな人たちを苦しめたくはない。

 ヨハネの判断一つで誰かが得をして、不幸になる。

 それほどの影響力を持ってしまったのだなと思うと少し怖い。


 だがいざとなったら備えがあるというのは安心につながる。

 この件は慎重に相談しなければ。


 ティアニス王女とアナティア嬢のところへ行く前に、この芋を使ってデザートを作ろう。

 その方がこの提案についてはあの二人の心を捉えられそうな気がする。

 芋の皮を剥き、適当な大きさに切って水であく抜きをする。

 お湯を沸かし、串が通るまで茹でて柔らかくしたら取り出してボウルの中ですり潰す。

 その後すり潰した芋をざるを使って裏ごしする。

 そうすると滑らかな黄色い餡ができた。


 その餡をボウルに戻し、牛乳と砂糖、バターを入れて完全に混ざるまでヘラで混ぜる。

 中々しんどい作業だ。アズやアレクシアに手伝ってもらいながら進めた。

 混ざった餡を大き目のスプーンで掬い取り、同じ大きさのスプーンをもう一個使って楕円の型をとる。


「アレクシア、オーブンに火を入れてくれ」

「分かったわ。弱めでいいわよね」

「それでいい。焦げないようにな」


 型をとったらオーブンに並べて卵黄を塗ってじっくり焼く。

 卵黄を塗ると照りが出て見栄えが良くなる。

 だんだんと甘い匂いが漂ってきた。

 少し加えたバニラエッセンスが利いてるな。


「良い匂いがしますね」

「材料の芋が良いからな。これは美味いぞ」


 焼き上がったスイートポテトを取り出す。

 表面がこんがりと焼けていい具合だ。

 皆もう待ちきれないといった様子でいる。


「王女殿下たちに献上する前に毒味をしてもらおう」

「絶対太るのが分かってるのに、この甘い匂いは卑怯ね」

「たくさん作ったからな。我慢しなくていいぞ」


 アレクシアの口へ一つ運ぶ。

 ちょっと照れながらもアレクシアは一口で食べた。


「んん、甘くて美味しいわ」

「私にも下さい」


 あーん、とアズが口を開けて待っている。

 まるで餌を待つヒナのようだ。

 熱いぞ、と一声かけて食べさせた。

 ほふほふとさせながらアズが味わう。


「熱いけど甘くて美味しいです~!」


 エルザやフィン、オルレアンからの評判も上々。

 冷ました後は箱に入れて準備完了だ。

 慣れてきたとはいえ、やっぱり王族と会うのは気を使う。

 アナティア嬢はそれほど気兼ねなく会えるのだが、人柄だろうか?

 戴冠式の話は長丁場になりそうで疲れそうだし、このお土産は丁度いい糖分補給になるだろう。


 貰った魔道具を使って、アナティア嬢に今から行っていいかを確認する。

 時間が空いて返事が返ってきた。

 少し雑音が入っている気がする。


「ヨハネさん、連絡ありがとうございます。今日はこの後来てもらって大丈夫ですよ」

「なら良かった。準備して向かいますね」

「ええ、楽しみにしてます」


 この音はなんだろう。

 まるで雨のような音がしている。


「王都は雨でも降ってるんですか?」

「いいえ、晴れてますよ。……ああ、この音は今私シャワーを浴びているので」

「それは……申し訳ありません。気が付かず」

「大丈夫です。見えているわけではありませんし」


 アナティア嬢は気にする様子もなく、そのまま戴冠式の話題を振ってくる。

 向こうが気にしていないのに話を終わらせるのも失礼かと思い、話を続けた。

 シャワーの音が途切れる。

 それから少しして衣擦れの音が聞こえる。

 もしかして下着を着ているのではないだろうか?


 これは何の時間なのだろうかと疑問に思った。

 こっちが逆に恥ずかしくなってくる。

 頭の中で着替えているアナティア嬢の姿が浮かんできた。

 貴族は身の回りのことを従者にやらせているというが、平民に着替えの音を聞かれても平気なのだろうか。


 アズやアレクシアは腕を使ってジェスチャーで×を作っている。

 やはりこのまま話し続けるのはよくない。

 適当なところで話を切り上げ、王城に出発することにした。



「あら、切られてしまいました」


 王城の自室にて、何の声も聞こえなくなった魔道具を握ったままアナティアは呟く。


「淑女としてはしたないですよ、お嬢様」

「ふふ。でも照れているのは伝わってきたわ。あの人いつも涼しい顔だもの、これくらいしないと動揺しないわ」

「そんなことを言って、ご自身の顔も真っ赤になってますけど」

「だって、着替えの音を聞かれるなんて恥ずかしいじゃない」

「魔道具をとらなければよかったのでは?」

「ついとっちゃったの」


 メイドはアナティアがシャワーを終えたのち、バスタオルで身体を拭いて下着を履かせドレスをあっという間に着せる。

 あっという間にいつもの公爵令嬢の姿になった。

 好みの香水を手に取り、少量だけ使用する。


「どう? ちゃんと奇麗かしら」

「もちろんです、お嬢様。今日もお奇麗ですよ」


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