第548話 アズの昔の悲惨な食生活
無事アナティア嬢のお使いも終わらせることができた。
大人になっても使いっ走りというものはなくならなかった。
いやむしろ相手が増えてより機会が増えたかもしれん。
偉くなったらなったで顔を出さなきゃいけないし、自由気ままというのは幻想かもしれない。
「次はルーイドの農家たちの話を聞きに行かないといかんな」
「えぇ……まだ働くの? あんた働きすぎじゃない?」
「そうですよ。色々あったんですからもうちょっとゆっくりしても」
ルーイドに行く予定を告げるとフィンとアズから声が上がった。
「王都の事件から一度も顔を出してないんだ。もし不安に思ってたらそれがそのまま俺に対する不信に繋がるかもしれない。なんせ彼らにとっては俺が王国とのつなぎ役なんだ」
下手すると全ての不満をぶつける先にもなりかねない。
信頼関係の構築は適度なコミュニケーションだ。
ティアニス王女に任されている仕事だし、しっかりやらないと。
安心して農業に専念してもらうことが大事だ。
「それが終わったらちゃんと休息をとって下さいますか? 無理をしてないか心配です」
「そうね。ご主人様に倒れられたら困るのは私たちだし」
「分かった分かった。この後に急な仕事の予定はないからそうするよ」
エルザとアレクシアの意見を聞く。
アズたちへの慰労も必要だろうし、ゆっくり温泉でも浸かりたい。
ルーイドに行く時なにか手土産に良いものはないか考える。
食べ物は売るほどあるし、実用的でないものははっきり言って邪魔になるだけだ。
どうしようかと思って荘園で働いた経験のあるオルレアンに聞いてみた。
「お土産に持っていくならお酒がいいんじゃないでしょうか? 高いお酒よりも安くてもたくさん飲めるお酒です」
「酒か……だがルーイドでも原料があるし自作してるんじゃないのか?」
「私のいた荘園でもそうでしたが、基本的に売れる物は売り物にしちゃうんです。野菜も出来の悪いものを食卓に回しますし、公爵様から自由に飲めるお酒を貰うと大人たちが喜んで飲んでました」
「なるほど、そういうもんか」
農家にとって作物は加工品まで含めて商品だ。
自分で手を付けると儲けが減ると考えれば納得できた。
オルレアンに相談したのは正解だったな。
倉庫に売れ残っている安酒を振る舞うくらいはなんでもない。
今カソッドではエールよりも蒸留酒やワインが人気なので、エールは樽で余っている。
店長のカイモルに一声かけた後、ヨハネは自腹でエールを店から購入し、馬車に乗せる。
喜んでくれるといいが。
大き目の樽を六つほど。
これだけあればルーイドの人たちにそれなりに行き渡るだろう。
「すっごい量。酒場だってこんなに置いてないわよ」
「そりゃ問屋も兼ねてる商店だからな。地域の流通を支えてるんだ。これくらいは用意できないとやっていけない」
「ふぅん。普段食べてる食べ物なんかもそっか。立派な仕事じゃないの」
「ありがとな」
「旦那様、いつでも出発できます」
馬車に樽を積み込んだ。早速ルーイドへと出発。
といってもまた王都を経由する。そこからは馬車で移動だ。
ルーイドは穀倉地帯で領地だけで考えると広大だが、それを管理している村人はそれほど多くない。
都市というよりは村で、城壁もなく塀や柵で魔物や獣避けをしているような場所だ。
しかし王都の食糧事情を支える重要な場所でもある。
もしここに何かあれば王都の復興にも影響がでるだろう。
「王都を出たあたりからはほとんど影響がありませんね」
「それだけ集中砲火されたってことか」
「道がデコボコしてないのは助かるわね。下手したら馬車が通れなかったわ」
太陽神教が行った空から隕石を降らせる魔法。
大きな被害を引き起こしたものの、王都のしかも王城付近に被害が集中していた。
それはそれで大変なことなのだが、こうして馬車が行き来する通行路に被害がなかったのは不幸中の幸いだ。
もし王都に降った隕石の一部でも通行路に降り注いでいたらと思うとぞっとする。
結界で守られていない通行路はあっという間に通れなくなり、王都は陸の孤島と化して復興も大きく遅れただろう。
人も集まらず、ルーイドから食料を運べなくなり飢え死にも出たかもしれない。
王都にも食糧の蓄えはあるはずだが、膨大な住人の腹をどれだけの期間満たせるか疑問だ。
強欲な貴族が独り占めしようとしたり、あるいは商人が買い占めを狙ったり。
今とは比べ物にならないトラブルが続出してティアニス王女とアナティア嬢の頭を大いに悩ませたに違いない。
衣食住足りて礼節を知るという言葉もある。
王都の人たちが安静を保てたのは食糧不足にならなかったことも関係しているはずだ。
ルーイドまでの道のりは、ヨハネの心配とは裏腹に平和そのものだった。
牛の魔物が襲ってくるものの、非常に弱い。
川が近かったので血抜きして冷やす余裕まである。
解体はフィンが担当してくれた。
ナイフ使いはさすがの腕前で、あっという間に皮を剝いで内臓を取り出して塊肉にしてしまう。
内臓は食中毒に当たると怖いので心臓以外は土に埋めた。
「あんたたちに任せたら雑で色々ダメにしそうだから」
「あはは……こんなに素早くはできそうにないです」
川で肉を冷やしながら、心臓と肉の一部を焼いて食べる。
味付けは塩だけだが、血抜きがしっかりしていて美味い。
「懐かしい。師匠とよく食べてたわ。金にも無頓着だったから食費が尽きてね」
「私も懐かしいかも。野営で狩りをして食べたことがある」
フィンとアレクシアは肉を食べながら昔を思い出しているようだった。
「ご主人様に買われるまでお肉を食べたこともありませんでした。腐ったパンか麦が入っているかどうかも分からない粥っぽいなにかばかりで……」
「それは……アズ様、私の分まで食べて下さい」
「今はちゃんと食べさせてもらってるからいいよ。ありがとうオルレアンちゃん」
アズはその環境でよく生きていたものだ。
だからこそ奴隷として売られて買えたのだが、同情したくなる。
余った肉はルーイドへのお土産にすることにした。
問題なく到着したのだが、ルーイドの人々は特に変わった様子はない。
「あらぁ、ヨハネさんじゃないか。どうしたの? まだ収穫時期でもないし」
「どうも。ちょっと様子を見に来たんだ。少し前に王都に色々あったし」
「王都? 何かあったんかい? 流れ星がたくさん見えたくらいしか最近変わったことはないよ」
「流れ星……」
あの光景を流れ星で済ませるのか。
無頓着というか、呑気というか。
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