第547話 ティアニス王女は考える

 王都へと戻り、アナティア嬢のところへ来訪する。

 ティアニス王女と共にいたので、二人にバロバ公爵に会ったことを伝えた。

 ……ティアニス王女の後ろではカノンがギプスをして杖を支えにしつつも復帰している。

 以前無理やり復帰していた時に比べると怪我も良くなっているようだが、相変わらずすさまじい根性だ。

 そうまでしてもティアニス王女を守りたいのだろう。


「手紙と王冠の欠片は直接届けることができました。アナティアさんが無事と分かると安心していましたよ」

「そう、よかった。ヨハネさん、本当にありがとう」

「いえ。このくらいお安い御用です」

「そんなものがあったんだ……知らなかった」

「色々あったみたいだからね、公爵家しか伝承してなかったんだと思う」

「ふぅん」


 ティアニス王女はソファーの上で両膝を抱えて座っている。

 少しお行儀が悪いが、気を抜いてリラックスしているのだろう。

 バロバ公爵に渡した王冠についてはティアニス王女はどうとも思っていないようだ。

 正統な持ち主は王家だ、と憤る可能性も考えていたのだが……。

 いや、公爵家の後押しがなければそもそも彼女は王権を保てない。

 気にしてもしょうがないのかもしれないな。


 エントから買った銀細工の指輪を取り出す。

 値段の割によく出来た品だし、気に入って貰えるといいが。


「銀細工が安く売っていましたのでよければどうぞ」

「もしかして賄賂ってわけかしら?」

「まさか。ただのプレゼントですよ。こんなことしなくても仕事は振られるでしょうし」

「まあね。貴族たちは相変わらず信用できないし……」

「嬉しいです。いただきますね」

「お待ちください!」


 それまで黙っていたカノンが口を開く。


「ティアニス王女殿下。調べもせず安易に贈り物をもらうのはよくありません。貴女は王になるのですからなおさらです」

「いまさら彼が何かすると? その機会もチャンスもいくらでもあったと思うのだけど」

「そう思わせて信頼させてということもあります。せめて私が調べてからに」

「もう、心配性ねカノンは」

「当然です。お二人に何かあっては遅いのですから」


 今にも噛みつきそうな表情でこっちを見ている。

 だが以前なら最初から突っぱねていたはずだ。

 調べて安全なら受け取ると言ったのは慎重な証拠で、少しは心証が良くなったのだろうか。


「どうぞ、気になるなら調べて下さい」

「もちろんだ。貸せ」


 穴が空くほど薔薇の指輪を見つめる。

 二人に渡す前にアレクシアやエルザにも確認してもらって、ただの指輪であるとは確認しているので問題はないはず。

 カノンは念入りに確認してから、指輪を机に戻した。


「問題はないようです、ティアニス王女殿下」

「だからそう言ったじゃない。指輪くらいで大げさなんだから。……素晴らしい造形ね。腕の良い職人が作ったのかしら」

「ここまで薔薇を再現した品は見たことがありませんね」


 使徒が作りましたとは言えないので、適当に相槌を打つ。


「カノンさんの分もありますよ。よろしければ」

「わ、私もか? 私に媚を売っても良いことなど一つもないぞ。そもそも私に指輪など似合わない」

「そんなつもりはありませんよ。それによく似合うと思います」

「むぅ。まあくれるというのなら貰っておこう」


 できればカノンとも仲良くやっていきたい。

 職場でギスギスするのは勘弁だ。

 余り物だったし、このくらいのことで関係が改善されるなら安いものだろう。


「それで為替のことなんですが」

「あ、うん」


 指輪を見入っていたアナティア嬢が姿勢を正す。

 ちょっと素が出ていた。

 そんなに気に入ってくれたのなら嬉しい。


「アーサルムでは王国の手形が下がっていました。帝国のそれと比較して二割ほど」

「二割ですか、それはまたずいぶんと下がってますね」

「帝国の通貨が強いのは昔からですが、どうにも王国の貴族がこぞって手形を売っていたようで一気に下がったみたいです」

「やはり。そう言った噂は流れていたのですが、アーサルムで処分していましたか」

「なにそれ、貴族が国を信じてないの? 本当に失礼なやつらね」


 手形の価値はある意味国の価値だ。

 それが下がっているのだから、思うところがあるのだろう。


「いっそ額面での取り扱いを強制しようかしら」

「それは止めた方が良いと思います」

「なんで? 為替が安定した方がいいでしょう」

「もちろんそうです。地方なら物々交換の交易が成り立ちますからそれほど問題ありませんが、為替が下がると大都市では物価が上がりますから」

「じゃあ」

「保証した額面の差分は誰が払うことになると思いますか?」

「ええと……」


 ティアニス王女は考え始める。

 アナティア嬢はすぐに分かったようだが、人差し指を口の前に持っていき口止めのジェスチャーをしてきた。

 答えを言わないで考えさせろ、ということか。


「手形を売り買いしている為替商人じゃないの?」

「そうですね。彼らは買った手形をどうすると思いますか?」

「また売るんでしょう」

「ええ。誰に売ります?」

「誰って……」


 買い物はティアニス王女には馴染みが薄い。

 王族ゆえに誰かに言えば用意されるからだ。


「額面通りだから誰に売っても同じでしょう」

「その同じものを誰が買うんですか?」

「もう、なによこの質問。そんなの……あっ」


 気付いたようだ。

 王国が手形の額面を保証するなら、最終的に王国が手形を買い取らなければならない。最終的な買い手がいなければこれは成立しないのだ。

 それによって流通する手形の値段は額面に近づくだろう。

 その差額を王国が補填すると約束するに等しい。


 そんなことをすればあっという間に国庫が空になるだろう。


「無限の予算があれば可能でしょうが、そうはいきません。お金は有限なのですから」

「そうね。迂闊だったわ。貴族の前で今の発言をしたらこれ幸いと動くか」

「為替を安定させたいなら経済的に豊かになるしかありません。誰もが王国の通貨が欲しいと思うような」

「なるほど……商人を補佐役にしたのは正解だったわね。これからも教えてちょうだい」

「分かりました。私も王国の手形を持ってますので、喜んでお手伝いします」


 ティアニス王女はこれから王になる。王が経済音痴では国が亡ぶ。

 頑張って貰わねば。


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