第546話 敗者が再び挑んではいけない決まりはない
王都やカソッドで売るためにアーサルムの最新の意匠が込められたアクセサリーや衣類などを買い込もうと思っていたが、手形を片っ端から買ったのでその資金が無くなってしまった。
派手に買い込みすぎたが、帳簿上はむしろ資産が増えているので財務的には問題ない。
ただこれ以上買うとまた手元に現金がなくなってしまうので、このくらいにしておこう。
ポータルに乗り込む前に露天商で手頃な値段の銀のアクセサリーが売っていたので物色する。
これはアズたちにプレゼントする分だ。
こういう形でも感謝を示しておきたい。
「これなんかお勧めじゃないかしら?」
「この凝りようでこの値段ですか? 儲けが出ないんじゃ……」
「いいの。趣味だから」
店主はローブで姿を隠していたが、声で女性だと分かる。
薔薇の香水がほのかに香る。
銀を加工して花の形に加工してブローチや指輪なんかにしている。
見事な腕だ。
それでいて値段も子供でも頑張れば買える額だ。
偽の銀かと思ったがそうでもない。
そのくらいの判別はできる自信がある。
「ねえお兄さん、全部買ってくれたらちょっとオマケするから買ってくれない? ここには立ち寄っただけで移動したいから売りきっておきたいの」
「なるほど」
露店に並べられているアクセサリーは多くはない。
値段もこのくらいなら出せる額だ。
ティアニス王女とアナティア嬢。それからカノンにもお土産に渡そうかな。
カノンは嫌がるかもしれないが……。
「では全部貰います」
「毎度あり~」
お金を渡し、アクセサリーを受け取る。
すると店主は顔を近づけて耳元に寄せた。
「使徒エントの加護がありますように、ふふ」
「なっ、あんたは」
ローブをまくると星座の塔にいたオスカーの使徒エントの姿があった。
星座の塔と共に消えたと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
「こんなところで何を……」
この使徒にはアズたち共々酷い目を合わされている。
警戒して距離をとろうとすると手首を掴まれた。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃない。もうあなたたちに何もしないわ。ここにはちょっと立ち寄っただけ。むしろ私は味方よ?」
「味方? とても信じられないが」
「私の主オスカーと創世王は盟友なのに? 創世王は信じられても私は信じられない?」
「それは……」
ここで首を振ると厄介なことになりそうな予感がした。
使徒エントには酷い目に合わされたが、その後治療もしてくれたし悪い使徒ではないのかもしれない。
「分かった。それに銀細工のアクセサリーも安く売って貰ったし疑うのは止めるよ」
「よろしい。素直な人間は好きよ」
「いい加減離れて下さい」
一緒についてきていたアズが、もう辛抱できないと強引にエントを引きはがす。
「力強っ、そういえばこの子も使徒だったわね。あの一撃は見事だったわ。あれならもしかしたら太陽神の使徒にももしかしたら太刀打ちできるかもしれない」
「あの時ちゃんと止めを刺すべきでした」
「心配しなくてもとらないわよ」
エントは再びローブをかぶると、渡した銀貨の入った袋を胸の谷間に仕舞いこむ。
「この都市が太陽神教に落とされたら困るから様子を見に来ただけ。今のところ心配する必要はなかったみたいだけど」
「バロバ公爵は勝つさ」
「いいえ、相手が本格的に動いたら負けるわ。あいつらは人間が倒せる相手じゃないもの」
……王冠を手にしたバロバ公爵が負ける姿は想像できない。
だが冗談を言っているようにも見えなかった。
今まで見てきた以上のなにかが太陽神教にはあるのだろうか。
「機が熟したらちゃんと手伝うわ。勝機がないわけじゃないもの」
エントはそう言い残し姿を消した。
「何だったんでしょうか? 言いたいだけ言って居なくなってしまいましたけど」
「そうだな……からかっている部分もありそうだが」
大きな流れに勝手に巻き込まれているような、そんな気がした。
考えても仕方ないので、皆のいる馬車へと戻る。
銀細工のアクセサリーは喜んでくれたが、使徒エントから買ったことを告げると皆一様に微妙な表情をした。あまり良いイメージはない。
苦笑していたエルザだけはエントが塔から降りてくることを予想していたようだ。
ヨハネたちが気絶した後もオスカーとやらに会うために行動していたからか。
「あの人は気性が荒いですけど、太陽神がいる限りは味方でいてくれると思います。何かされたりはしなかったでしょう?」
「それはそうだが……あの薔薇園でのことはまだ忘れてないからどうしてもな」
バラの形に加工された指輪を眺める。
銀が太陽の光を反射し、奇麗に輝いていた。
エントがアーサルムから離れ、立ち寄った森では灰王とキヨが座って待っていた。
森の中の魔物は彼らに怯え静かに身を潜めている。
「エントよ。都市に立ち寄る必要はあったのか?」
「私は魔性となったあんたたちとは違って姿を隠す必要はないし、退屈は嫌いなの。人間の町で遊ばなきゃやってられないわ」
「お主は使徒だというのに、乱れておるのは相変わらずだな」
「ふふ、私の美貌が悪いのよ。男をつい引き寄せちゃう。でもあの男は引っかからなかったけどね。失礼しちゃうわ」
「あの娘と共にいる男か」
灰王が立ち上がる。
その図体は大きく、エントと比べると大人と子供のようだ。
「あの娘は見所があると思っていたが、まさか使徒を引き継ぐとは。いずれどこかで会った時は我が剣をどれだけ身に着けたか試すとしよう」
「お主が試したら人間など木っ端みじんではないか」
カカッとキヨが笑う。
「そうかしら? いい線行くと思うけどね。なんせ使徒ユースティティアを継承したんだもの」
「各地の小神殿は潰し終わった。生贄を得られなくなった太陽神教は代わりに信徒を薪にしておる。長引くとまずいぞ」
「まだ介入してはならん。やつらは小賢しい。どのような手の内を隠しているのかなるべく見極めてからだ」
「人間が全滅してからでは遅いの。それじゃあ私たちの意味がない。そうでしょ? 負けてなお諦められなかった王と、守りたい者も守れず朽ち果てて骨になった男が、それでも魔性となってこうしているのは」
「無論だ。次は勝つ。太陽神教はこの世界から排せねばならない」
「ワシはその辺はどうでもいい。ただ、太陽神教の使徒には少しばかりやり返さねば死んでも死にきれんわ」
「一度燃え始めた火はそう簡単には消えない。人間たちと太陽神の争いがどうなるにしろ、出番はそう遠くないわ」
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