第544話 薪になれ
完全に制圧するためにアーサルム軍が都市へと入っていく。
バロバ公爵の後ろについて行きながら制圧された都市を見る。
主に野戦だったのか建物などに被害はないように見えた。
統制が行き届いているのか略奪に走る兵もいない。
「人が少なくありませんか?」
「ああ。いくらなんでも人気がなさすぎる」
アズが耳打ちしてきた。同じことを思っていたところだ。
ここにいた太陽神教の軍隊は追い払われたのだとしても、住人がほとんどいない。
わずかな人々がこっちを身を隠しながら覗き見てくるだけだ。
「住人の多くは太陽神教の兵が敗走する際に共について行ったようだ。上手く足止めされてしまったな」
「なるほど、それで……」
都市の代表を名乗る人物がバロバ公爵の前に出てくる。
バロバ公爵は降伏した都市に手荒い真似をする気はないことを伝える。
ただし太陽神教の兵が隠れていないか徹底的に調べた上で、と付け加えた。
相手はそれをすんなり受け入れて話は終わる。
やはり戦意は挫かれているようだ。
調査の結果、都市内は安全だと確認されたので兵士たちに休息が言い渡された。
輜重兵が運んできた食料と水が支給され始める。
いいタイミングだ。バロバ公爵から許可を取り、馬車を臨時の売店にして持ってきた物資を売る。
バロバ公爵は少しばかり驚いて笑っていたな。
商魂たくましいと思われたのかもしれない。
臨時の売店は予想した通り大人気だった。
特に菓子類が飛ぶように売れる。
食料は足りているが、甘味は手に入らずに欲しがっていたのだろう。
まるで屋台に群がる子供のように詰めかけてきて、持ってきたクッキーや飴玉は一つ残らず売り切れた。
日用品も好調だ。
持ってきた物資を売り切るのにそれほど時間はかからなかった。
わざわざ運んできた甲斐があったというものだ。
「兵站を整えて十分な物資は用意したつもりだったが」
「生きる分には足りていてもどうしても手に入らないものはありますからね。大事なものを運ぶので手一杯でしょうし、こういう時は商人の輸送力も頼って貰えればと思います」
「商売のためならこんなところまで足繁く通うというわけか。アーサルムの商人たちも願い出ていたが、許可するのも悪くなさそうだ」
黄金の王冠は剣から元の形に戻っている。
あれはイザード王が使用したものと同じだった。
「これが気になるか」
「ええ。あの光景は忘れられませんから」
「そうだろうな。私も直接目にしたのは初めてだが同じ気持ちだ」
「王家の至宝と言いましたが……王冠ということは王家に代々伝わってきたのでは」
「そうだ。そして王家の血筋にしか使うことができぬ。私と我が娘。そしてティアニス王女だけになってしまったな。第一王女はもはや剣は握れまい」
「もしこれがあれば王都の襲撃を防げたかもしれませんね」
「過ぎたことだ。考えても仕方あるまい」
「これからどうされるおつもりですか?」
「王冠は力なき王家には戻さない。かといって今更我々が王家を引き継ぐこともない。この王冠は王国を守護できる者が持つべきだ。戴冠式で一時的に返還はするがな」
ティアニス王女に預けるよりも自身で持ち続けることを選択したようだ。
あの少女にはたしかに荷が重い。
その方が幸せかもしれないな。
「伝令! 東の方角から怪しい人影が出現しました!」
それまで緩んでいた空気が一変する。
兵士たちは即座に武器を携えた。
「配置につけ」
バロバ公爵はそう指示すると、都市を囲う壁の上に登り近づいてくる人影を確認しに行った。
壁の上では弓兵が待機しており、備え付けの大型弩砲も準備されていた。
槍を持った兵士たちが前に出るために門が開き、近づいてきたと言う人影が見える。
赤いローブを着た三人組がこっちに歩いてきている。
他に人影はない。
太陽神教のプロミネンスと名乗った連中と同じ格好だ。
それを伝えるために公爵の下へと走った。
アーサルム軍に注目されても気にせず三人組はこっちに向かってくる。
彼らは門の手前まで来るとようやく止まる。
「閣下。彼らは太陽神教の戦闘部隊です。帝国でも遭遇しました」
「娘を襲った連中の仲間だろう? ちょうどいい。実行犯は始末したが太陽神教に制裁は加えられなかったからな」
相手の行動を待たず、バロバ公爵が命令すると弓兵が一斉に矢を放った。
三人組を針鼠にするだけの矢が降りそそいだが、一人が両手を矢の方に傾けると丸い火の壁が出現する。
それが回転し、降り注ぐ矢を防いでしまった。
続いて大型弩砲が向けられ、木の幹を加工した巨大な矢が放出される。
火の壁も物量には勝てず、巨大な矢はそれを突破して三人組に迫った。
先ほどとは別の男がマントの中から両腕を出す。
異様に長い腕だった。まるで蛇のように脈打ち、巨大な矢を掴む。
そして軌道を横にずらし、地面に叩きつけた。
三人組のうち、一人が大きく前に出る。
「ずいぶんと気の短い方々だ。話しをする暇さえないとは」
「宣戦布告と共に話し合いを拒否し、王都を火の海にしたのはお前たちだ。降伏以外に話し合う余地はない」
「我々はたった三人だというのに?」
「お前たちがまともではないのは分かっている。怪しげな力を持ち近くに招き入れれば毒としかならん」
「怪しげというのは聞き捨てなりませんね。太陽神様の偉大なる加護だというのに」
喋っていた男がフードをとると、髪の毛が燃えていた。
いや、髪が火そのものと置き換わっている。
「太陽の祝福を受け入れるのです。そうすれば未来永劫神のもとに居られるのですから」
「神の時代はもはや過ぎた。これからは人が自らの力で歩む時代である」
「では、太陽神様が作る時代にあなた方は不要です。薪にでもなってもらいましょう」
男が指を擦り付けて音を鳴らすと、街中から悲鳴が上がる。
残されていた僅かな住人の身体が発火して燃え上がった。
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