第543話 王国の至宝
ポータルを経由してアーサルムへと移動する。
ここに来るのは星座の塔以来だ。
そこまで日が経ってないのに久しぶりだと感じる。
色々とあったせいだろうか。
ポータルから出た後は厳重なチェックを行っていた。
戦争をしているのだ。警戒レベルが上がっているのだろう。
しかしそれが終わって都市の中に入ると思ったよりあまり変化がない。
男性の姿は減ったように思うが、相変わらずたくさんの人が行き来していた。
戦火はアーサルムには届いておらず、彼らにとっては戦争など遠い場所での出来事なのかもしれない。
経済活動が継続しているならアーサルムが金銭的な理由で戦争を中断することはなさそうだ。
道中見た限り、地震の被害もほとんど残っていない。
アーサルムの城へ移動し、行政官と面会できることになった。
アナティア嬢から貰った手紙が役に立ったな。
ティアニス王女の相談役という立場も一役買ったのかもしれない。
バロバ公爵へ届けものがあること。
それから現地の兵士のために馬車で品物を売りに行くことを伝えると軍の現在の場所を教えてくれた。
ただし他言無用だと念押しされる。
軍の現在地は軍事秘密として扱われるとのことだ。
たしかに、軍がどこにいるのかが分かればその情報で色々なことでできてしまいそう。
それから教えてもらった場所へと馬車で向かう。
軍隊が通った後だからか魔物の姿もなく、楽に進むことができた。
四日ほどかけて移動し、アーサルム軍の駐在地が見えてきた。
前線では多くの兵士が都市を包囲するようにして取り囲んでいた。
膠着状態という報告があったようだが、今も戦況は変わっていないようだ。
「何者だ! その馬車には何が入っている?」
駐在地に近寄ると見張りの兵士に呼び止められる。
王冠の欠片のことは伏せて、アナティア嬢から預かった手紙を届けに来たことを伝える。
それから駐在地では手に入りにくい品物も売りにきたと伝えた。
「アナティアお嬢様からか……少し待っていろ」
アナティア嬢は兵士たちからも慕われているようだ。
手紙の紋章がアナティア嬢のものと分かった途端警戒が緩まったのが分かる。
言われた通り待っていると、案内してくれることになった。
やがてバロバ公爵が駐在地に戻ってきて馬から降りる。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありません。ご健勝の様で安心しました」
「構わん。見ての通り戦況に変化はない」
「今は何をしているのですか?」
「都市の防衛隊を倒して中の市民に降伏勧告を出している。期日の明日までに返事がなければ制圧することになるだろう。それで娘の様子は? 王都では色々あったと聞いているが」
「はい。王城を含めて多くの被害が出ました。ですがアナティア嬢はご無事ですよ。耐魔のオーブが効果を発揮したようです。二度目は結界が防ぎきりました」
「王都の結界が破られるとはな。あのような手段を用意しているとは侮れん連中だ。だがあのような大規模術式をそう何度も使えるとは思えん」
あんな恐ろしい魔法を連発できるならすでに太陽神教が物理的に大陸を征服している。
そうではないということは、やはり限定的なのだろう。
自身の希望も込めてそう思いたかった。
「これが預かった手紙です」
「うむ」
手紙を渡すと、その場で開封し読んでいた。
かなり心配だったに違いない。
「娘は私の代理としてよくやっているようだな。わずかな期間でこうも政局が激変するとは」
「色々と苦労しているみたいですけどね。閣下が直接出向けば王都も落ち着くと思います」
「私もそうしたいところだが、やつ等が気がかりだ」
宣戦布告をしてきた太陽神教を野放しにはできない。
無力化せずに時間を与えれば、再びあの魔法を使ってくるかもしれない。
今度はアーサルムが狙われるかもしれないのだ。
「奴らの兵は弱いが、死を恐れない。それに兵の中にはおかしな連中もいる。そのせいで我が軍の兵も少しばかり動揺している。私が離れれば統率が乱れるだろう」
「閣下に頑張ってもらうしかありませんね。それとこれをお渡ししたく」
大事にしまっておいた王冠の欠片を取り出す。
それをバロバ公爵に手渡した。
「これは……失われた王冠の最後の欠片か」
「はい。イザード王から受け取りました。今の王冠の持ち主である閣下にお渡しするべきかと思って」
「会ったのか、かの王と。どうだった?」
「僅かな時間を共にしただけですが、本当に強くて素晴らしい王様でした。あの人の後ろにいれば、どのような相手が敵だったとしても恐怖を感じないでしょう」
「伝承通りか。ようやく王と王冠が王国に帰還されたのだな……」
王冠の欠片に黄金の輝きが戻る。
バロバ公爵が懐から壊れた王冠を取り出すと、欠けた部分に欠片を差し込む。
輝きが収まる頃には壊れていたとは思えない完全な状態の王冠がそこにあった。
「デイアンクルの最初の王は、山よりも大きな魔物を討伐した際にかの地に黄金を見つけそれを王冠とした。それが国の始まりだった。この王冠こそがデイアンクル王国そのものなのだ。礼を言うぞ、ヨハネよ。お前の働きで完成した」
「私は受けた恩を返しに来ただけですから。私もお渡しできてホッとしています」
「お前に良いものを見せてやろう。あるいは見たかもしれないが」
バロバ公爵が王冠を掲げる。
するとイザード王がそうした時のように、王冠が黄金の剣へと変化した。
その剣をそのまま天に掲げると、周囲に魔力が迸っていく。
「王国に栄光あれ」
その声が合図だったのだろう。
剣から黄金の光が伸びていき、空へと突き抜けていく。
周囲の雲がその衝撃で吹き飛び、まるで空に穴があいたかのようだ。
「これこそが長年探し続けていた王国の至宝である」
直後、この光を見て都市は降伏を受け入れた。
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