第542話 王都は少し治安が悪い

 為替、為替ねぇ。

 国内で生産される物を仕入れる分にはあまり関係ないので、普段はあまり意識することはない。

 だが為替が下がると結局巡り巡って日用品の価格に影響してくる。

 そうなると悩むのが値付けだ。

 高くしすぎると全く売れなくなり、だからといって値上げを我慢すると売れば売るほど赤字になりかねない。

 下手すると店が傾く事態になる。

 店長を任せているカイモルはその辺しっかりしているので問題ないと思うが。


 アナティア嬢に頼まれなくても一度最新の状況を確認する必要があったので、いい機会だと思うことにした。

 馬車に戻ると、周囲に少し人が集まっていた。

 フィンとアレクシアが誰かと言い合いをしているみたいだ。


 何事かと人だかりを押し退けて場所に駆け寄る。


「だから、この馬車はうちのだと言ってるのよ」

「信じられないな。こんな高級な馬車をあんたたちが?」

「なんか文句でもあるの? ねぇ、面倒だからこいつらやった方が早くない?」

「落ち着きなさい。こんなところで騒ぎを起こしたらまずいわよ」


 数人の男たちが馬車を取り囲んでいる。

 フィンの苛立ちは限界で今にも手が出そうだ。

 アレクシアも気が長い方ではないのだが、抑え役に回っていた。

 オルレアンは馬車の中に隠れているようだ。それでいい。


 エルザは真ん中に立って仲裁しようとしているものの、相手が引こうとしない。

 それどころか下卑た視線を向けているのが丸わかりだ。

 エルザの服は司祭服で露出は少ないが、身体の線は分かりやすい。

 かなりガラが悪いな。恐らく王都復興の仕事を目当てに訪れたのだろうが、アレクシアたちを見掛けて因縁をつけようとしたのだろう。


「俺の馬車に何か用事でも?」

「あんたは?」

「俺はヨハネだ。彼女たちの雇い主でカサッドで商店と宿を経営してる」

「あんたにはこの馬車はもったいないんじゃないか? 俺たちが上手く使ってやるよ。女もついでにな」


 男が仲間たちと笑って盛り上がる。

 周囲の人たちは遠巻きに見ているものの、助けに入るには男たちが怖いのだろう。

 兵士や衛兵の姿は見当たらない。

 それを見計らってきたのなら思ったより狡猾だな。


 ただ粗野なだけならまだしも、そうではなさそうだ。

 こいつらは野盗崩れだな。

 仕事を探しにきたという体で潜り込んできたのか。


「へへ」


 男の一人がエルザの胸に手を伸ばす。

 どうやら男が合流したとはいえヨハネでは抑止力にならなかったらしい。

 見た目からして強そうには見えないので仕方ないのかもしれない。


 エルザは伸ばされた腕の手首を右手で掴むと、にっこりと笑ってそのまま骨を砕いた。


「おいたはダメですよ?」


 骨が砕かれた男は悲鳴を上げようとしたが、フィンに喉を突かれて声を上げることもできずに昏倒する。

 あれは痛いだろうな。

 しかしエルザに手を出そうとするなど馬鹿なやつだ。

 そもそもうちにいる女性陣は力でどうこうできるほどやわじゃない。


 衛兵の姿が見えないのは相手だけではなく、こっちにとっても有利なのは想像もしていなかったのだろうか。


 男たちは慌てて武器を抜く。

 隠して携帯しやすいようにナイフを持っていた。

 やはり初めからそういうつもりか。


「武器を抜きましたわね? ならこれは正当防衛かしら」


 馬車の中にいるオルレアンから戦斧を受け取ったアレクシアは片手でそれを振る。


「チッ、いけ!」


 リーダー格らしき男が指示すると、ナイフをこっちに向けて男たちが突っ込んでくる。


「殺しちゃダメですよー。生きてれば何とでもなりますからねー」

「はいはい。ま、痛い目にはあってもらうけど」


 戦斧とナイフではリーチ差が圧倒的だ。

 アレクシアが刃のない箇所で男たちを殴り飛ばしていく。

 急所こそ狙ってないものの、戦斧を思いっきりぶつけられた男は見て分かるほど骨折していた。


「ま、こんなものよね」


 あっという間にリーダー格以外の男たちが地面に倒れていた。

 どいつも生きてはいるが怪我で立てそうにない。


「なんだこいつら……、クソ、どけてめえら!」


 リーダー格の男が背を向けて逃げ始めた。

 取り込んでいた人たちを強引に押し退けようとする。

 あれでは魔法で追撃すると巻き込んでしまう。


「逃がすわけないでしょ」


 フィンは一足でアレクシアの戦斧に跳び、そこから逃げた男の先へと飛び越した。

 男からは突然現れたように見えたに違いない。


「女の敵にはこれがお似合いよ!」


 そしてそのまま右足を相手の急所……金的を思いっきり蹴り上げた。

 男は白目をむいて気絶する。


 その光景を見た周囲の男たちはヨハネも含めて少し内またになった。


「皆さんお騒がせしました。もう大丈夫です。彼らも治療して憲兵に引き渡すので心配は要りません。ちなみに我々は正当防衛ですよね?」


 集まった人たちを解散させるために声をかける。

 現場を見ていた人たちは頷いてくれた。

 何かあった時のためにこっちに正統性があることを確認しておく。


 過剰防衛だと言われないようにエルザには酷いケガだけ治療するように指示した。

 完治するとどうせまた悪だくみするだろうし、しばらくは痛い思いをしてもらおう。

 治さなくてもいいという意見もあったが、ここは王都だ。

 それに立場のこともある。一方的なリンチを好き勝手にしていると噂されるのは困るのだ。

 しかしもし復讐しにきたなら、その時は容赦はしない。


 それからようやく二人組の憲兵が騒ぎを聞きつけてやってきた。

 男たちを引き渡す。

 復興作業が始まってからどうしても人が増えて治安が悪化してきてるらしい。

 今の王都の課題になっているとか。

 スラム街のような場所ができたら困るので頑張って貰わないと。


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