第539話 不正解

 話のついでだったのだが、ラミザさんから錬金術の知識を含めて精霊石に関することを色々と教えてもらった。

 しかし風の精霊石が魔力を取り戻す方法に関しては、やはり長い目で見るしかないようだ。


 高額な顧問料を払えばラミザさんの工房でなんとかしてくれると言ってくれたが、とてもじゃないが払える額ではなかった。

 下手すると一生ラミザさんに支払いが続く。


 ちなみに原価のみという友人価格でこれだ。

 お礼を言いつつラミザさんの店を出る。

 今度お茶を届ける時に一緒にお菓子を差し入れすることを約束した。


「こればっかりはどうしようもないわ」

「そうですねぇ」


 アレクシアとアズが風の精霊石を覗き込む。

 二人の顔が表面に反射するが、それだけだ。

 精霊が現れても反応がない。


「しばらく家のオブジェにでもしておくか。アレクシアに余裕がある時に魔力を補充してもらえば多少は早くなるだろう」

「それはいいけど、気休めにしかならないんじゃないかしら……」

「私はあんまりお役に立てそうもありません」

「役割分担だ。他で頑張ってもらうから気にするな」

「はい!」


 家に帰宅し、今度はバロバ公爵に会うためにアーサルム方面へ行くための準備をする。

 運転資金も準備できたし、旅の疲れも明日には抜ける。いいタイミングだ。


 バロバ公爵は軍の指揮官として前線に赴いている。

 戦況が膠着状態にあるとは聞いたが、事態がいつ動いてもおかしくない。

 渡せるうちに王冠の破片を渡しておきたい。

 王冠を完全な形に戻す。

 それでやっとイザード王に助けてもらった借りを返せるというものだ。


 アーサルムへはポータルで行くとして、その先は馬車で向かう予定だ。

 アーサルムで荷下ろしする暇はないが、荷台を空にしていくのももったいない。

 前線の兵士たちは娯楽に飢えているだろうし、格安で何か喜ぶものをついでに売り歩くか。


 酒……は間違いなく喜ばれるがいくらなんでもマズい。

 他に戦場で手に入りにくいものを考える。

 食料や水はアーサルムから補給されるはずだが、嗜好品の煙草やコーヒー、それに甘いものは後回しにされると思う。


 他に酒保で扱いそうなものといえば……。

 日用品や衛生用品はどうだろう。

 タオルや石鹸は足りているだろうか。

 アーサルム軍は予算が潤沢だろうが、兵士全員にまで予備が行き渡るとは考えにくい。

 もしかしたら欲しがる兵士はいるかもしれないな。


 兵士の数は志願兵を含めれば数千人はいる。

 馬車にそれらを積めるだけ積んで持っていっても捌けるはずだ。

 売れ残っても問題ない。

 なぜならばうちは商店。在庫を持っていくだけだ。


「ようやくゆっくりできると思ってたのに」

「協力すればすぐ終わるさ。ほら、まずはこれから」

「はいはい。雇い主様には逆らいませんよ」


 柔軟で体をほぐしていたフィンと祈りを捧げていたエルザを確保する。

 目録をつけるためにオルレアンにも来てもらった。


 五人もいれば馬車の荷物を積むのも楽だ。

 一人では丸一日かかっていただろう。

 しかし本当に荷台が広くなったな。

 荷台の中は魔法で拡張されており、外から見た以上に大きな空間だ。

 アズたちが乗り込む部分を差し引いても結構な物資を詰め込める。

 それでいて重さも魔法で軽減されるのだから、素晴らしいという他ない。

 欠点があるとすれば外見がいかにも立派ということだろうか。


 見栄という意味ではいいのだが、金持ちと思われてしまうかも。

 アズたちが護衛にいるので野盗も怖くないが、一人で馬車に乗るのは止めておいた方がよさそうだ。


「あら、これで終わりですか?」


 タオルの入った箱をエルザが馬車に運ぶと、積む予定の箱が全て無くなっている。

 オルレアンに確認したが目録通りだ。

 あっという間に終わったな。これでいつでも出発できる。


「それじゃ解散ね!」


 フィンは面倒事は終わりとばかりにさっさと引っ込む。


「アズたちも休んでいいぞ。明日からまた馬車に揺られて疲れるからな」

「それじゃあお言葉に甘えて。オルレアンちゃんはどうする? 泊っていく?」

「ではお言葉に甘えて……旦那様、宜しいですか?」

「いいぞ。床に毛布になるが」

「慣れていますので、大丈夫です」

「じゃあお話ししようよ」


 アズがオルレアンを引っ張っていく。

 アレクシアも部屋に戻り、エルザも戻ろうとしたのが見えたので声をかける。


「エルザ。ちょっと部屋まで来てくれ」

「ええ、分かりました」


 エルザを連れて部屋に戻る。

 以前は絨毯を敷いた床に座らせていたが、あれは上下関係を教え込むためにやっていた。

 趣味も入っていたが、もうその必要はないだろう。


 床に座ろうとするエルザを止めて椅子を取り出す。

 エルザは椅子に座ると腕を組んで胸を強調した。


「ご主人様、それでどうしました? こんな日が出ている時間に秘め事は感心しませんよ」

「そうじゃない」

「あら、そうでした?」


 組んでいた腕をほどき、いつも通りニコニコと笑顔でそんなことを言う。

 アズやアレクシアとは違い、うちにきてからエルザは良くも悪くも全く変わっていない。

 いつまでも平行線というのも落ち着かないものだ。

 エルザの正体について言及することにした。


「エルザ、お前実は……」

「はい」


 ごくり、と唾を飲みこむ。

 エルザも神妙な表情で言葉を待っていた。


「創世王教の教皇かお偉いさんだったんじゃないのか?」

「……えっと?」


 創世王教は戦争に敗北し、太陽神教の手によってこの大陸から姿を消した。

 もはや信者と呼べる者も見かけることはない。

 にも拘らずエルザは創世王教の司祭として奴隷商人に身売りし、ヨハネに買われた。

 弾圧から逃れていたが、限界がきたんじゃないのかと思う。


 普通の司祭では知らないことを知っていたり、オスカーという神やその使徒と無関係ではない様子だったのもそうだ。

 教皇のような立場だったのなら、十分あり得る。

 創世王教の使徒に詳しいこともそれで説明がつくのではないだろうか。


「きっと言えない事情があったんだろう。太陽神教は恐ろしい連中だしな」

「ちょっと違うんですが」

「気にするなエルザ。別にそうだったとしても態度を変えたりしない。奴隷の解放はできないが、今まで通り快適な環境を提供するつもりだ」

「ご主人様、あの」


 エルザは何か言いたげにしている。

 きっと今まで黙っていたことを謝りたいに違いない。

 だが、創世王教の関係者と分かっていて身内に引き入れたんだ。

 気にする必要はない。


「今のうちに言っておきたくてな。話はそれだけだ」

「えっと、その……それでいいです」


 何度か口ごもってエルザはようやくそう言った。

 やっぱりそうだったのか。

 脱力しているように見えるのは、きっと今まで肩に力が入っていたのだろう。

 誘惑してこようとしたのは、太陽神教にバレた時に捨てられないためだと思う。

 今更そんなことで見捨てたりはしない。


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