第538話 知恵者ラミザ
即金になる商売はいつだって一番頼りになる。
現金はやはり強い。
商店も宿も基本的にいつもニコニコ現金払いだ。
魔石をラミザさんに買い取ってもらい、資金が一息ついた。
これでしばらくは困らないだろう。
一括で買い取ってくれるこの人も相当な資産家だな。
一体金をどれだけ持っているのか想像もつかない。
「それと、これも見てもらいたくて」
「どれどれ」
道具袋から風の精霊石を取り出した。
見事な翠緑ではあるが、魔力の枯渇によってただの大きな宝石にしか見えない。
机の上に置こうとしたらラミザさんがクッションを敷いてくれた。
さすが錬金術師、道具の扱いは手慣れている。
「これは」
「ちょっと待った。当ててみせるよ」
ラミザさんから右手の人差し指を唇に押し付けられて言葉を遮られた。
「触っても?」
「どうぞ」
四方から覗き見たり、手袋を外してそっと撫でるように指先で触れる。
普段は少しだらしない面が目立つが、こういう時は鋭い目付きで別人のように見える。
「エレメントもしくは大魔石かと思ったけど、これは違うね。もっとキャパが大きい。加工されていないにも関わらず、だ」
ラミザさんは身に着けていたペンダントを取り外すと、風の精霊石に近づける。
するとペンダントがひとりでに動き出す。
くるくると風の魔法石の上で回転しているのは不思議な光景だった。
「何をしてるんですか?」
「属性チェックだよ。そうか、錬金術なら初歩なんだけど知らないよね」
ラミザさんから説明を受ける。
ペンダントに魔力を通し、属性を帯びたものに近づけるとその属性に反応して様々な効果が出る。
錬金術で生み出した魔道具などで、効果が分からない時などに使う方法とのことだ。
「強い風の反応があるね。……うーん、えっと」
彼女は唸りながら両手を組んで右手を顎に添えていた。
考え込むというよりは悩んでいる感じだ。
「まさか風の精霊石?」
「おぉ……当たりです。凄いですね。俺は言われるまで宝石だと思ってましたよ」
「ふふん。もっと褒めていいよ。ただこんな貴重なものを君が持ってくるとは思わなかったから、驚いてちょっと迷ったけど」
「色々ありまして」
赤い月に行ったことは既にラミザさんも知っているが、詳しいことを説明するのは大変だ。
話だけ聞くと信憑性を疑うような場面もあったので詳細は省く。
「ただせっかくの精霊石なのに魔力が完全に無くなってるじゃない。どんな無茶な使われ方をしたんだか」
「相当酷使されたようで。だからこそ俺の手に回ってきたんですが、これを元通りにする方法はありませんか? ラミザさんのお知恵を拝借したく」
「君がくる時は難題ばかりな気がするよ」
「その方が楽しいんでしょう?」
怠惰で働くのが嫌いだと公言し、王宮錬金術師の職さえ放り出した彼女だが好奇心まで失ったわけではない。
むしろ普段退屈している分面白そうなことには飛びついてくる。
麻薬の治療薬の時もそうだった。
責任感の裏で新しい薬品を作れることに対する興味が見え隠れしていた。
そして出来てしまったことには興味を失い、妖精などを使って自動精製している。
圧倒的な才能と知性は常に刺激を求めているのだ。
そんな彼女が精霊石というおもちゃに飛びつかないはずがない。
それに他の精霊や精霊石はともかく、魔力を失った精霊石はヨハネではお手上げだ。
「ままならない日々こそ理想の日々とはよく言ったものだねぇ。私は普段は気持ちよく寝れたら満足だけど、そんな言い方をされたら火がつくじゃないか」
奥から椅子を取り出してくれたので座る。
「まず最初に言っておくけど、本来は正攻法の魔力溜まりや霊脈に保存しておくのが良いんだよ。ただし魔力の回復に百年以上はかかるかな」
「さすがにそれはちょっと。いくらなんでも長すぎます」
「はは。そりゃそうだ。下手したら君の孫の代でも間に合わないかもしれない」
気の長い話だ。
下手したら存在自体忘れ去ってしまう。
「風の精霊石だから魔力よりも風に当てた方が効果は高い。例えば年中強い風が吹くような場所に安置するとかね」
「風の迷宮とかどうですか?」
「悪くないかな。ただ、あそこはちょっと前に迷宮の格が落ちちゃったからねぇ。魔物も減少してろくに魔石も取れなくなったって聞いてるよ。多分風も弱まってるんじゃないかな。人は来ないだろうけど、盗まれたら困るし」
そういえばそうだった。
アズとカズサが風の迷宮の拡張に巻き込まれたのだった。
あの日から迷宮としての価値が薄まり、それはまだ続いている。
本来は拡張すれば活発になるものなのだが、キヨとかいうアンデッドとアズが会ったという創世王の使徒とやらがいなくなったのと関係しているのだろうか。
……エルザの正体は察しがついてる。
思えばアズに何があったのかあの時から把握していたな。
この風の精霊石が回復し、土の精霊石が元通りの大きさになれば四大精霊の力が集まることになるのだが、そうしたら何が起きるのだろう。
もしそれがアズの身に危険が及ぶことなら、エルザには悪いが使うことはない。
アズは命令すればどんな危険なことでもやるだろう。
だからこそ危険な命令は避けなければならない。
「困りましたね。ラミザさんでもお手上げですか」
「湯水のようにお金を使っていいなら方法はあるけどね?」
ラミザさんがチラッと先ほどの魔石に視線を向ける。
冗談じゃない。魔石で魔力を補給するなんていくらかかるか。
「そうじゃないなら……竜かな。思いつくのは」
「竜ですか?」
「竜は鼓動するだけで魔力を生み出す特別な心臓があるから、強い竜ならしばらく預かって貰えれば数年でなんとかなるよ」
「まずそれをお願いするのが無理では?」
「そうだね」
火竜と遭遇した時のことを思い出す。
赤い月という怪物と比較してもなお火竜の方が恐ろしかった。
オルレアンという火の精霊の巫女がいたからこそあの時は対話できたが、まともな交渉などできる相手ではない。
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