第534話 王女殿下はお疲れのようです
執務室ではなく、ティアニス王女の自室に行くように言われた。
どうやら今は休憩時間らしい。
ドアをノックすると、アナティア嬢の声で入室を促される。
部屋の中に入ると、地面に倒れているティアニス王女の姿があった。
何事かと思っていると、ティアニス王女がじたばたしているのに気付いた。
「もうやだぁ……復興予算を通すだけでなんでこんなに疲れるの」
「よしよし、いい子いい子」
「本当にムカつく! 嫌味を言う為だけに反対しているとしか思えない」
ティアニス王女は仰向けになったまま手足を振り回す。
はしたない格好だが、年齢を考えればそこまで不自然な行為ではない。
問題があるとすれば、一国の長の姿がこれだということか。
アナティア嬢が座り込んで頭を撫でてあやしている。
カノンの姿はない。
生死を彷徨うような重傷を負っているのだからいない方が当たり前なのだが、ティアニス王女のためなら抜け出してきそうなやつだ。
こほん、と咳払いするとようやくこっちの存在に気付いたようで、ティアニス王女は慌てて立ち上がり両手でスカートの汚れを落とす。
今更取り繕われてもと思ったが、言わないのが大人のやさしさだろう。
アナティア嬢はその様子にたまらずくすくすと笑った。
「もう、笑わないでよアナティア姉さま」
「ごめんごめん。ほら、仕事だよ」
「はぁ……さて、よく帰ってきたわね。少し長い滞在だったと思うけど、何かあったのか報告しなさい」
「では報告します」
帝国に行ったのは一応公務だ。
多少の援助もしてもらっている。
報告はキッチリしておいた方が間違いないだろう。
「ケルベス皇帝陛下はティアニス王女殿下の贈り物を気に入ってくださいました。王国と帝国との関係は良好に保っておきたいと」
「そう、それはなによりね」
口調こそ素っ気ないものの、あからさまにホッとしているのが見えた。
一番の心配事だったのは間違いない。
貴族の外交官は信用できず、子飼いの商人に帝国との関係を委ねたのだ。
相当なストレスだっただろう。
正直ケルベス皇帝は絵画や美術品をそれほど喜んでいなかった。
個人的に持ち込んだものの方が喜ばれたくらいだ。
こればかりはティアニス王女は直接会ってないのだから好みを探るのは難しいだろう。
戴冠式のことや赤い月の事件に巻き込まれたこと、太陽神教の襲撃のことも話す。
途中からは呆れた顔でこっちを見ていた。
「もしかしてあなた、トラブルが向こうからやってくるの?」
「そんなことは……ないはずです」
断言するのに少し躊躇した。
良くも悪くも何かしら引き当ててしまうのは否定できない。
戴冠式のことは特に詳しく聞かれた。
ティアニス王女も折を見て王位を正式に引き継ぎ女王にならなければならない。
王女のままでは諸外国と対等に付き合うことはできないからだ。
それに制約も多い。いま貴族たちの一部がティアニス王女に非協力的なのは彼女がいまだに王女だからだ。
仮初の王権しか持たぬゆえに舐められている。
王国は帝国に比べて中央集権とは言い難い。
王はもっとも大きな諸侯でしかない。
貴族の親玉というのがしっくりくる。
だから王位を継げばもう少し動きやすくなるのでは、というのがオルレアンやアレクシアと話して得た見解だった。
それはティアニス王女やアナティア嬢も分かっているのだろう。
だから権威のためにも帝国の戴冠式が気になるのだ。
だがその中身を聞いてため息をついていた。
「帝国には金があるのね。とてもじゃないけどそんなお金かけられないわ」
「猛反対されるのが見えてますね」
「そうみたいですね。苦労されてるようで」
「そうなのよ! はぁ。なにかと理由をつけては反対されるのが辛い。宰相が市民寄りの政策には賛成してくれるのが救いかな。ただ戴冠式の予算には渋りそう」
ティアニス王女は疲れた様子でアナティア嬢の肩に頭を置く。
今本音を言える相手はヨハネと彼女くらいしかいないのだろう。
その姿を情けないとは思わない。
そもそも子供なのだ。
それに彼女の双肩には王国の未来という巨大なプレッシャーが圧し掛かっている。
それはヨハネたちの未来にも関わってくることだ。
微力ながら手伝いをして王国が良くなるようにしていきたい思いはある。
貴族たちも悪意だけで反対しているわけではないだろうが、帝国に比べて政治バランスが複雑になってしまっている。
復興支援予算のような、誰でも賛成するようなものにさえ危うく待ったが入りそうな状況がそれを物語っていた。
ティアニス王女の王権が安定するのはまだ先のようだ。
一国民としては生活が上向けば文句はないのだが、スムーズな政策はしばらく望めないだろう。
それから話は太陽神教へと移っていった。
「帝国にもちょっかいをかけてるのね。二面作戦になっても平気ってことかしら」
「うちと違って帝国と太陽神連合国は国境を接してませんからね。手を出しやすいのでしょう。帝国軍が動けないように暗躍したみたいですし」
「……うちに攻める可能性がないことが分かって安心するべきなのかしら」
「それで戦況は? 開戦したということしか知らないのですが」
「相手は市民兵を中心にした軍隊だったそうよ。平野では圧勝でほとんど相手にならなかったそうよ」
「なるほど」
バロバ公爵率いるアーサルム軍は王国最強と名高い。
練度もさることながら金があるので装備が良い。
剣や槍を持たされていても市民兵など相手にならないだろう。
「ただ、都市の制圧に難航して足止めを食らってるわ。相手は一切降伏しないそうよ」
「それは……」
勝ち目がなければ降伏する。
そうすることで財産は奪われても命は助かる。
それは当然のことだ。誰だって自分の命は惜しい。
「それだけじゃない。市民兵の中には殺しても火に包まれて復活する兵がいるみたいなの。復活した兵は信じられないくらいに強くて、犠牲も出てる」
首を斬り落としても攻撃してきたエルハーニを思い出す。
恐らくこれも太陽神教の加護なのだろう。
あんなのが戦場にいたら犠牲も出て当然だ。
「幸い王都を襲ったようなあの大魔法はあれから使われていない。あんな理外のものが連発されたら勝ち目がない」
「今は大丈夫ですが、長引けば士気にも響きそうです」
戦況は楽観できないといったところか。
また王都に魔法を撃たれるかもという脅威がある限り、王国から手を引くことはできない。
厄介なことになっていると感じた。
「そうだ、これをバロバ公爵に渡したかったのですが、難しそうですね」
イザード王から預かった王冠の破片を取り出す。
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