第533話 王都に住む人々

 ちなみに以前の馬車は倉庫に仕舞われているとのことだった。

 いつでも引き取りに来て大丈夫らしい。

 これでうちの商会も馬車二台持ちか。


 販売先がここ最近一気に増えて購入を考えていただけにこれはありがたい。

 今考える中で最高のサプライズかもしれない。

 王国に戻って所用を済ませたらすぐに回収に戻ってこよう。


「さっきからずっとニコニコしてるわね……ちょっと気持ち悪いわ」

「そういえば最初の馬車を買った時もすごく嬉しそうでした。商人にとっては嬉しいんじゃないですか?」

「ふーん。あ、でも動いても振動を全く感じないじゃないの。これならちゃんと眠れる。中も広いから身体を屈めなくてもいいし、あの皇帝もちょっとは役に立つわね」


 なんだかんだ新しい馬車に皆もはしゃいでいるのが分かる。

 旅では必ず使うから当然か。


「あの、旦那様……そろそろ出発しませんか?」

「あ、ああそうだな。出発しようか」


 ずっと触り心地を確かめていたらオルレアンが言いにくそうに伝えてきた。

 咳払いをして返事をする。

 恥ずかしいところを見せてしまった。


 ラバたちに移動を促し、まずは約束した商会へと向かう。

 取り置きしてもらった帝国南方のお茶を受け取る。

 荷台に積むと、まだ煎じてもないのに良い香りが漂ってきた。

 この商会とは長い付き合いになりそうだ。


 帝都を出立し、王国へと向かう。

 今回も色々あった。危うく命を落としそうになったのにはまいったが、こうして生きている。

 悪運は強いのかもしれないな。


 ラバたちの移動速度は以前より早い。

 馬車が中身ごと軽量化しているので負担が減ったのだろう。

 休ませる頻度も減らせそうだし、これならかなり早く到着しそうだ。


 魔石を山ほど積んであるからか魔物は近寄ってはくるが襲ってこない。


 荷台が大きいので食事の用意も移動しながらできる。

 至れり尽くせりだな。

 野宿のとき以外はほぼ足を止める必要がない。


 あっという間に国境を越えて王国領に入った。

 これなら気軽に帝国に行くこともできそうだ。


 数日で都市カソッドに戻ってきた。

 できればこのまま店に戻って自室で身体を伸ばして寝たいのだが、王都に行ってティアニス王女へ帝国でのことを報告しなければならない。


 面倒だなぁという気持ちがあるが、後に回すとグチグチ言われる。

 アナティア嬢のためと思ってもうひと頑張りしよう。


 一旦店にお茶の葉を下ろして、店長を任せているカイモルに早速販売するように指示する。

 輸送費で少し割高だが、これは確実に売れる。


 一部はサンプルとして袋に分けて持っていくことにし、王都へ出発した。

 疲れているなら部屋で休んでいてもいいとアズたちに言ったが、ちゃんとみんな付いて来てくれる。

 嬉しいじゃないか。


 もっとも、その理由が「目を離すとまた何かに巻き込まれそうで心配だからです」とアズに言われた時には少しばかり反省した。


 自分から巻き込まれに行っているわけではないのだが、アズたちが傍にいてくれれば安心だと思いなおす。


 王都へのポータルは復旧していた。

 ポータルがあれば資材や人の移動も容易い。

 馬車ごとくぐると、王都に到着する。


 帝国で長く滞在したとはいえ、復旧が始まってまだ日が浅い。

 ところどころに魔法による被害の跡が残っていた。


 しかしそれを修復する職人の姿があった。

 シートを広げて穴を隠し、商売を再開している商魂たくましい店もある。

 被害は甚大だったが、王都の人たちは屈していない。

 それが伝わってきた。


 屋台で羊の串焼きを購入する。

 帝都の味付けも良かったが、やはり王国の味は格別だ。

 甘辛いたれが肉に絡んで美味い。


 店主は若い少女でたくさん買ったことを感謝してくれた。

 どうやら今ので今日の在庫が掃けたらしい。


 ティアニス王女たちに会う前に、帝国に行っていた間の王都の状況が知りたいので少し話をした。


 少女いわく、最初はこの世の終わりだと思ったという。

 当然だ。あんな光景を目の当たりにしたら絶望してもおかしくない。

 家も壊されてしまったらしく、なけなしの財産をもって弟と王都を出ることも考えたとか。


 だが、子供二人で都市から都市へ移動するのはあまりにも危険だ。

 王都は混乱していて冒険者も雇えず、そのお金もない。


 どうしようもなく困った時、ティアニス王女が直接王都の広間に人を集めて慰撫してくれたという。

 その際に仮設住宅の用意と食事の配布をはじめとした各種支援も約束してくれたという。


 それで少女を始めとして王都の住人の間に安心が広がったらしい。

 ティアニス王女もちゃんと王族なんだなと感心した。

 良い仕事をしているじゃないか。アナティア嬢の案なのかもしれないが、これなら再建も早いだろう。


 これは都市を運営するにあたってとても大切だ。

 栄えた都市がたった一つの事件で不安が広がり、住民が逃げ出して滅びたなんて話も残っている。

 一国の長として大切なことをティアニス王女は持ち合わせていた。


 少女と弟はそれから足を怪我した屋台の持ち主と交渉し、代わりに調理、店番をすることでお金を稼いでいる。

 弟は調理担当だとか。


 たいした少女だ。また見かけたら買うと約束して屋台から離れた。


 ただ話から察するに王族の死は伏せられたままのようだ。

 ティアニス王女の王位継承と共に発表することで不安を抑える狙いなのだろうか。


 王城へと到着する。

 すぐに中に入ることができた。

 馬車を預けてアレクシアに魔石の入った箱を持ってもらう。

 役職持ちなのでもうアポをとってから待たなくてもよくなった。

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