第532話 これは楔だろうか

 王国に比べて圧倒的な強国だと思っていた帝国も問題を抱えている。

 今回は太陽神教が杜撰な行動で尻尾を出したので帝国軍内で大規模な調査が行われるだろう。

 その間帝国軍はあまり動けないのではないだろうか。

 それをケルベス皇帝に伝える。


「たしかにそうだな……、将軍や指揮官が太陽神教に感化されていたら部隊ごと制御不能になる可能性がある。疑いが晴れるまで主だった軍事行動をとるのは難しいだろう」

「具体的には?」

「おいおい、これは本来帝国の軍事機密だぞ。まぁ王都があの状態では今の王国が攻め入ってくることはないだろうが」

「ご存知でしたか」

「あれだけ目立てばな。確証を得るために人を送って帰ってきたところだ」


 やはり王国の現状は知られていた。

 もし帝国になんの問題もなく、征服欲のある人物が皇帝だったら侵略されていた可能性もあったのだろうか。

 今の王国は背後から襲われたらひとたまりもない。


「帝国内で反旗を翻すような貴族や軍人はもう潰してある。そもそもしばらく帝国軍は魔物退治以外で動くことはない。友好国である王国に言えるのはここまで。お前には負担をかけて悪いと思うがそれとこれとは別だ」

「いえ、十分です。ありがとうございます」


 ティアニス王女がもっとも恐れていた可能性はこれで消えた。

 ただし、同時に帝国軍が太陽神教との戦争に助力してくれる可能性も無くなったと言っていいだろう。

 現実的にありえないことだろうが、選択肢の一つではあった。


 もしかしたらこのタイミングで内通者がいたことをばらしたのは、帝国軍が動けないようにするためなのだろうか。

 帝国軍の上層部に潜り込ませたならもっといい使い道もあったはずなのに。


「それは考え過ぎだろう。そもそも宗教家の考えることは分からん。俺やお前は合理的な判断をするが、やつ等は目的達成のためならどんな回り道だってする」

「たしかにそうですね」


 太陽神教の行動はかなり遠回りというか手間のかかるものが多い。


 敵対する宗教を戦争で潰し、その後は何食わぬ顔で炊き出しや治療などで市民の好感度を上げて、国に溶け込むことで大陸全土に広まった。

 教会には孤児院も兼ねさせ集めた子供たちを本国に送る。


 話を聞く限り送られた子供たちの多くが生贄にされてしまったようだ。

 中には才能があった子もいただろう。

 そういう子たちを洗脳して色々と悪事を働いていたのではないだろうか。


 いくら信仰していてもあんな自分の身を進んで捧げる姿は異常だ。

 そう考えた方がしっくりくる。


 ただ最近はかなり強引な手段を使っていると感じる。

 わざと争いを誘発しているような気さえした。

 アーサルムでの出来事がまさにそれだ。


 わざわざアナティア嬢を狙い、弁解の機会も自ら放棄した。

 あんな真似をされてはバロバ公爵でなくとも都市を治める領主が黙っているはずがない。

 狙ってやったと考えた方が自然だ。


「逃亡を試みたプロミネンスとやらの残党は、逃げられないとみるや魔法で自爆した。情報の一つも得たかったところだが厄介だな」


 エルハーニの部下も自決したのか。

 そんな気はしていた。

 彼らにとって、敵も味方も命の価値が低い。


「ヨハネ、本当に帝国に来る気はないのか? お前には幸運の女神がついている気がする。今回の詫びも兼ねて、お前にはそれなりの立場を用意してやる。これは冗談じゃない」

「私は王国の商人です。帝国のポストは過ぎた代物ですし、住んでる土地にはそれなりに愛着があるんですよ」

「そうか。分かった、なら土産には期待しておけ」


 もったいなかったかなと思う。

 ケルベス皇帝なら本当に重要なポストを用意してくれる。


 ただその後が大変だ。

 皇帝のお気に入りという立場なのは見て分かるだろうし、今まで帝国に尽くしてきた人たちには面白くないだろう。

 内紛で暗殺なんてこともありえるかもしれない。

 帝国にはフィン以上の暗殺者がひしめいているらしいし。


 オルレアンがダンターグ公爵の下で働いた時と状況が似ている。

 外から来た人間が優遇されれば自分の立場が危うくなると考えるだろう。


 身の丈に合った今の立場で十分だ。

 それを自分の力で大きくしていけばいい。

 それに、誰かの下で働くのはあまり好きじゃない。


 ティアニス王女も上司ではなく仕事の依頼主だと思っている。


「お前は怒らないんだな」

「はい? どうしたんですか突然」

「なに、お前は二度命の危機があった。以前も含めれば三度だ。普通なら烈火のごとく怒っても不思議ではない。俺が皇帝だというのもあるだろうが、お前からは怒りを感じん」

「怒っても何も解決しないからですよ」

「そういうところが気に入っている」


 領主のドラ息子に投獄された時はさすがに頭に来たが……。

 話が通じる相手に怒る必要はない。ケルベス皇帝に怒っても仕方ないし。

 こう言えるのも五体満足だったからだ。

 ただ、私は怒ってますよというポーズを伝える必要があるというのは最近学んだ。

 結局は駆け引きでしかない。

 感情のまま動いていいのはアズのような力のあるものだけだ。


 話は終わり、ケルベス皇帝は仕事の山に戻っていった。

 今回はある程度腹を割ってくれたのではないだろうか。

 さすがに魔道具のお代わりはなかった。

 お土産を奮発してくれるとのことだったが、なにをくれるのだろう。


 ティアニス王女への書簡を預かり、王国に戻るために厩舎へ向かう。

 馬車ごとラバを預けていた厩舎に行くと、ラバたちが見覚えのない馬車を引いていた。

 ラバはうちのラバで間違いない。


 兵士に確認すると、皇帝陛下からこうするようにと命令があったと言われた。

 もしかして豪華な土産とは馬車のことか!?


 以前のものより大きく頑丈そうでなにより豪華だ。

 お金がかかっている。

 そうすると重くてラバが引けないと思いきや、すんなりと移動した。

 アレクシアに確認してもらったら、材質に軽量化の魔法が込められている。


 これだけの大きさの馬車に軽量化の魔法付き。

 一体どれだけ金がかかるか想像もつかない。


 アズに買い与えた軽量化の魔法が込められた剣ですら相当な値段だったのに。


「馬車の中にもなにかあります」

「これは……魔石だな」


 最高品質の魔石が箱積みにされていた。

 同じ重さの金銀財宝よりも価値がある。


 大盤振る舞いといっていいだろう。

 ティアニス王女に頼んだら分けてもらえないだろうか。


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