第526話 戴冠式のパレード開始
礼服に身を包み、アズたちの着替えを待つ。
まだ戴冠式のパレードが始まるまで時間の猶予はあるが、緊張からか時間が気になって仕方がない。
こういう場の経験が殆どないせいだろうか。
「お待たせしました」
深呼吸していると、控室からドレスに身を包んだアズたちが姿を現した。
一度試着した姿を見ているが、オーダーメイドのおかげか皆より美しく見える。
「あら、緊張してますね。落ち着くおまじないをしましょうか?」
「頼むよ。まさか戴冠式の式典に参加するなんて最初は思ってなかったからな」
最初はお祝いの手紙と言葉を届けて終わりだと思っていた。
しかし蓋を開けるとケルベス皇太子と共にパレードを練り歩くことが決まっており、衆目を浴びることになった。
大枚はたいてアズたちのドレスを新調したのもそのためだ。
エルザはそっと両手をこっちに伸ばすと、頭を掴んで引き寄せ胸元に押し付ける。
それからギュッと掴んだ。
「よしよし」
「お、おい」
どうやらこれが落ち着くおまじないらしい。
普段の司祭服とは違い、胸元が露出しているので肌の温かみを感じる。
「もう、こんなところでダメです」
「あら」
アズが強引に引き剥がしてきた。
居心地がよかったので惜しいとは思いつつも、体裁が悪いので助かったということにしておこう。
「相変わらず賑やかだね、君たちは。準備はできたようだな」
「ケルベス皇太子殿下。いえ、もう陛下と呼ぶべきでしょうか」
「おいおい、まだ気が早いぞ。正式に戴冠したわけではない。それにしても美しい花たちを引き連れてるじゃないか」
「ありがとうございます。うちの自慢ですよ」
護衛を引き連れてケルベス皇太子が様子を見に来た。
普段はそれほど着飾らない御仁だが、今日ばかりは見栄えを重視しジャラジャラと装飾のついた重そうな服を着ている。
まるで置物のようだ。立場があるというのも大変だなと思った。
「あのわんぱく小僧がこうして皇帝になるとは思わなかったな」
「爺。相変わらず俺を子ども扱いするのか。もうとっくに成人」
「小僧は小僧だ。悔しいなら早く立派な皇帝になることだな」
奥から立派な杖を突きながらダンターグ公爵夫妻がやってくる。
以前会った時は杖を使っていなかったはずだが、寄る年波には勝てないか。
ケルベス皇太子の後見人で、皇帝を除けば今最も帝国で権力を持つ人物と言えるだろう。
政敵も排除できて、ケルベス皇太子が一番ならこの人が二番目に得をしたのは間違いない。
「旦那様、公爵様と奥様に挨拶に行きたいのですが」
「もちろんだ。俺も行こう」
オルレアンの元雇い主でもある。
オルレアンを連れて挨拶に行くと、ダンターグ公爵夫人がそっとオルレアンの頭を撫でる。
「元気そうで安心したわ。良くしてもらってる?」
「はい、奥様。今の旦那様には大変良くして頂いております」
「心配はしていなかったけれど、なにかあったら言うのよ。ここも貴方の家なのですからね」
ダンターグ公爵夫人とオルレアンの関係は良好のようだ。
だからこそ使用人に目をつけられたのだろうが……世の中ままならないな。
「君は商人にしておくにはもったいないな。うちで働かないか? 男爵くらいならどうにかしてやるぞ。結婚相手に貴族の娘を紹介してやってもいい」
「いえ、そんな」
「おっと。君は結婚相手には不自由していなかったな」
ダンターグ公爵は冗談交じりにそう声をかけてきた。
いや、半分本気だ。
ここでうんとでも言おうものなら、あっという間にことを進めて帝国に帰化することになるだろう。
それもちょっといいかもしれない。選択肢の一つくらいには考えておこう。
火竜騒動のときは軍を率いて自ら前線に来るような人だ。
杖を突いていても弱々しさは一切感じない。
オルレアンは頭をわしわしと撫でられていたが、ちょっと嬉しそうだ。
「荘園のことは心配するな。お前の両親は元気に過ごしているぞ。色々と提案もしてきて収穫量も大きく増えて暮らしも上向いているようだ。ただ働かすのではなく、育てるのも大切なのだな」
「ありがとうございます、公爵様」
ダンターグ公爵の荘園はオルレアンの生まれ育った場所だ。
最初の環境はお世辞にも良いものとはいえなかったが、色々あって今はかなり改善されている。
木綿などを栽培していたはずだが、そういえばオリーブも育てていたな。
帝都で食べた料理にも使われているかもしれない。
そう考えると世の中は狭いなと感じる。
気付けばそろそろパレードの開始予定時刻だ。
「よし、では行こう。君たちもパレードを楽しんでくれ」
「分かりました」
兵士に案内されてパレードの開始地点に案内される。
馬ではなく珍しい象が巨大なキャビンを引くようだ。
そのキャビンの上に席が用意されており、そこで座って民衆を見下ろす構図になっている。
普段は広く開放されている帝都の中央広場も通行規制がされており、次期皇帝を一目見ようと民衆が押し寄せていた。
人の波とでもいうべきか。
これほど多くの人たちが集まっているのを見るのは初めてだ。
風船が一斉に空へと舞い、パレードが始まる。
すると空気を震わせるような歓声が聞こえてきた。
「大人気だな。次期皇帝様は」
「そりゃあね。前皇帝は高齢で病気がちだったから……配下の貴族の統制も色々と難しい状態で好き放題してて、それを文字通り一掃して皇帝の座を手に入れたんだから当然よ」
「強くて若い王の中の王ってわけですか。税金の引き下げも宣言したみたいですし、これから生活がよくなるって期待もあるのかもしれませんね」
アレクシアとエルザの意見を聞く。
国のトップが優秀かどうかは国の行く末に関わる。
皇帝や王が一人で全てを判断しているわけではないが、決定するのはトップだ。
そして煽りを受けるのはいつも民衆である。
次期皇帝のケルベスに未来を託すつもりで盛大に祝っているのかもしれない。
気持ちは分かる。
うちのティアニス王女はどうだろうか。
聡明な少女だが、若すぎる。
アナティア嬢が傍に付いているとはいえ、女王となって国を統治するのは茨の道だろう。
太陽神教との問題もある。
安全保障の一端を任されていると思うと、身が引き締まる思いだった。
もっと適任が居るとは思うのだが、帝国とは縁ができてしまったので仕方ない。
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