第525話 冒険者の才能はない
「ああ、あのお茶ならうちでも取り扱ってますよ。最近消費量が増えてきたので収穫量を増やすために産地の村を支援しています。帝都でも流行りはじめているところなんですよ」
「なるほど。爽やかな香りに驚きました。油っこい料理のあとなんかにはピッタリですし、日常的に飲んでも気分が落ち着きそうです」
「でしょう? いやぁ王国の人にも良さを分かってもらって嬉しいですね」
商談はスムーズに進んだ。需要と供給が一致すれば難しいことは何もない。
王国でもきっと受け入れられるので多めに購入したいと告げると、是非広めて下さいと少しオマケしてもらったほどだ。
これでうちから帝国へ石鹸と香料が輸出され、帝国からはお茶が入ってくることになる。
最初は馬車一台分の量だが、このお茶は確実に売れる。
規模が大きくなれば結びつきはより強固なものになるだろう。
個人商店ながら帝国の商圏に食い込めるメリットは大きい。
帝国への支店を出すという目的は頓挫したものの、負担を考えれば結果的によかったかもしれない。
他国へ出向は従業員も嫌がるだろうし、信頼できる人間となるとアズたちの誰かになるがそれも嫌だ。
「戴冠式が目前ですから、今お届けしても邪魔になりますね。王国へ戻る際に用意させますよ」
「ありがとうございます。そうして貰えると助かります」
「いえいえ。これからもよろしくお願いしますよ」
笑顔で握手をして店から出る。
少し年上だと思うが、あの若さでこの規模の商会を切り盛りするとは。
上には上がいるのだと痛感する。
とはいえ、落ち込んでも仕方ない。
商談は上手くいったし、できることをやっていくのが大切だ。
「商人も大変ね。笑顔の裏で金勘定し合ってたのが傍から見てても分かったわよ」
「今回のは緩いほうだぞ。向こうには一切損がない話だし」
「損があるととたんに渋るのよね。覚えがあるわ」
「貴族は一方的に寄こせって言ってくることが多いからな。地位はあっても借金で首が回らないことも多いし、あんまりいい商売相手じゃない」
「悪かったわね。そういう貴族で」
アレクシアの家は聞いた話だけでもお世辞にも裕福とは言えない様子だった。
しかしこうして話題に出せるところを見ると、あれから割り切ることもできたかな。
「持ち帰ったらまずはアナティア嬢に飲んで貰おうかな。あの人なら良さが分かるだろうし、お茶会経由で広まればしめたものだ」
「店に入ってご飯を食べただけでそこまで思いつくなんて、商魂たくましいというべきなのかしら」
「金を稼ぐチャンスはそこら中に転がってるんだぞ。それを見つけるかどうかが商人の実力だ」
そういうものですか、とアレクシアはいまいち納得がいってないようだった。
こればかりは常に儲け話がないか考えている人間でないと伝わらない。
先に帰ったアズ達にお土産を買って帰ろうという話になり、人気のありそうな店に並んだ。
揚げたてのドーナッツがメインのようだ。
客のあしらいに慣れていて行列があっという間に消えていく。
先に注文と支払いを済ませて後は受け取るだけなのがその秘訣だろう。
カズサにこのやり方を教えると楽になりそうだ。
しかし料理といいこういうお菓子といい、帝都は油を豊富に使えるのだなと感心した。
種類はオリーブオイルだと思うが、オリーブの産地が近いのだろうか?
塩と油は生きていく上で欠かせない戦略物資だ。
それを自国で賄えることのメリットは大きい。
王国でもティアニス王女が色々と手を尽くしているようだが、王都半壊事件のこともあり実現はしばらく先だろう。
ドーナッツを入れた袋を受け取り、帰路につく。
「一個食べちゃいましょうよ」
「お前は本当によく食べるな」
「ちゃんと運動してるから大丈夫よ。動くにはエネルギーが必要なの。魔物を狩って強くなると特にね」
「そういうものか」
言われてみれば、あの赤い月の場所から脱出してから食欲が増した気がする。
病み上がりで自覚はあまりなかったが、今日はかなりの量を食べたと思う。
「なぁ、アレクシアから見て俺は何か変わったか? 実はちょっと怪物退治を手伝ったんだが……」
「そうねぇ」
ジロジロと見られる。
武人としての顔つきだった。
「たしかにちょっと変わったかも。でも、ご主人様が冒険者になるのはよした方が良さそうね」
「そうなのか? 荒事は苦手なのは確かだが」
「魔物を退治すると誰でも強くなれるけど、同じだけ強くなるわけじゃないの。アズを見れば分かるでしょ? 人によって強くなる効率が違う。アズは戦闘センスもあるし」
「最初はあんなに弱々しかったのにな」
「おどおどしてて、すぐに死ぬんじゃないかとすら思ってたのに。今は私だって楽に勝てる相手じゃないわ。向き不向きとしか言いようがないけど、才能がない人間はどれだけ魔物を倒してもゆっくりとしか成長しないの」
冒険者でも成功する人間とランクが上がらずくすぶる人間が出る理由はどうやらこの辺にありそうだった。
誰でも魔物を倒せば強くなれると思っていたのだが、そうでもないらしい。
アレクシアから言わせればヨハネはダメな部類のようだ。
「それなら変わらずお前たちにその辺は頼るとするよ。命懸けの戦いなんて俺には向いてないのはよく分かったし」
どれだけ鍛えようともイザード王やその騎士たちのようになれる気はしない。
「そうしてちょうだい。その代わりにたくさんお金を儲けて良い暮らしさせてね」
「もちろん。ちゃんとお前たちにも還元するさ。もう俺たちは一蓮托生だからな」
「これからもよろしくね。ご主人様?」
アレクシアが笑顔でそう言った。
今更アズたちがいない生活なんて考えられない。
部屋に戻る前にケルベス皇太子と遭遇し、ドーナッツを一個プレゼントした。
戴冠式を前に激務なのかやつれていた。皇帝も楽ではないなと思う。
ちなみに山ほど買って帰ったドーナッツはあっという間に食べ終わってしまった。
そして、いよいよ戴冠式当日を迎える。
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