第524話 皆で食事ができる幸せ
「それでは仕上がり次第帝城へお届けいたします」
「よろしく頼む」
着替え終わった後、アズたちが選んだドレスとヨハネの礼服の仕上げを頼んで店を後にした。
「すぐに買えないんですか?」
「こういう店はオーダーメイドが基本なんだ。着替えたのはあくまで見本で、そこから一番綺麗な姿に見えるように調整したものを作ってくれるんだ。色々寸法や希望を聞かれただろう」
「そういえば色々と聞かれました。てっきり持って帰るものかとばかり」
アズは少ししょんぼりしてしまった。
お預けをくらった気分なのかもしれない。
「届けてくれるドレスはもっと良いものになってるよ。待つのも楽しみだ」
落ち込んでいるアズを宥める。
しかしドレスというものはとんでもない値段だったな。
さすがは帝国で一番の店というべきか。
王国で用意したアレクシアのドレスもそれなりだったが、今回はより高額だった。
だが惜しくはない。パートナーに金を費やすのも立派な投資だ。
使った分は稼げばいい。
ドレス姿のアズたちのことを思えば頑張れる。
さて、店を後にしたはいいもののこれからどうするか。
せっかくなのだから色々見て回りたい気もある。
ケルベス皇太子の戴冠式を一目見ようと、今帝都には大勢の人が押し寄せている。
観光するにはあまり向いていない時期だ。
「あっ」
後ろからオルレアンの小さな悲鳴と共に腹の虫が聞こえてくる。
苦笑して食事をとることにした。
人混みの中で屋台で食べ物を買って食べ歩きは難しいし、大衆食堂は長蛇の列だ。
少しお高めの店も混んでいたが、なんとか入ることができた。
大き目のテーブル席に案内され、注文を済ませる。
ここのおすすめ料理は麺料理らしい。
それほど待たずにサラダや肉の炒め物、揚げ物が更に並べられた。
それからメインの麺料理だ。
汁に浸すタイプと、ソースと混ぜるタイプが大皿に盛られて中央にドンと置かれる。
汁の方は唐辛子の粉がまぶしてあって辛そうだ。
大きなテーブルがあっという間に埋まってしまった。
漂ってくる香辛料の香りが空腹を刺激してきた。
実は救出されてから果物やお粥しか食べておらず、見るだけで涎が出そうだ。
「美味そうだな。食べよう」
エルザがお椀に麺を入れてくれる。
汁もたっぷりだ。
それを受け取り、早速一口食べる。
見た目は真っ赤なのに思ったより辛くない。
ピリリとした感触の次に旨味が口の中に溢れてくる。
追いかけるように汁を一口飲むと、こっちは見た目通り辛かった。
水を飲み、サラダや肉料理を食べて辛さを落ち着かせる。
「これ好きかも。毒の味見をしてる時を思い出すわ」
「食事中に物騒なことを言うな」
フィンは辛い料理がお気に召したようだ。
添えられたとうがらしまで齧って楽しんでいる。
毒見のせいで味覚がおかしくなっているんじゃないだろうな。
涼しい季節だというのに辛さのせいで汗が出てきた。
油で揚げた鶏肉は外側がカリカリになっており、嚙むと肉汁と油が溢れ出してきて辛さと共に胃に流れ込む。
当たりの店だな。ここは。
アズやオルレアンは辛いのが苦手なのか、汁の方には手をつけずもう片方の麺を食べている。
「アズ、そっちのをよそってくれ」
「はーい。すぐにとりますね」
アズに頼んでまぜ麺をとってもらう。
ドロッとしたソースにチーズが混ぜ込んであるのか、麺を掴むとソースが伸びる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
受け取って一口食べる。
これは……摩り下ろしたゴマだな。
辛さで刺激された口の中を癒してくれるような優しい味がする。
味付けは子供向けで甘いと言ってもいいくらいだ。
だが添えられた根菜のピクルスを食べるとちょうどいい塩梅で、大人も美味しく食べられる。
「お酒が欲しくなりますね」
「ダメだぞ、まだ昼間だ」
「分かってますよー。残念」
「エルザって時々本当に司祭なのか疑わしく思えるわ」
肉料理などは塩気があり油を使ったものばかりで、たしかに酒のあてにもよさそうだ。
もし夜なら少しくらい頼んでもよかったかもしれない。
いくらなんでも昼間から酔っぱらって帝城に戻るのは体裁が悪すぎる。
エルザは代わりとばかりに米を追加で注文していた。
他の皆もつられて注文している。
相変わらず皆よく食べる。
店員も少し驚いていた。
そしてテーブルに所狭しと並べられていた料理もあっという間に食べ終わってしまった。
「お腹いっぱいです」
「久しぶりに食べたけど美味しかったわね。少し汗をかくのが難点だけど」
食後にサービスで出されたお茶からは爽やかな香りがした。
まるで気分までスッキリするようだ。
一口飲むと油っぽさがなくなった。
濃い料理に合わせているのだろうが、この香りの良さは相当なものだ。
店員に早速詳細を尋ねる。
帝国南部地方で摘まれる薬草を乾燥させたものだと教えてもらった。
帝国内ではそこそこ流通しているらしい。
王国では見た覚えがない。
恐らく飲んだことがない人ばかりだ。
商機を感じる。
支払いを済ませ、公衆浴場でまず汗を流す。
それからアレクシアだけを残して他は一度帰らせた。
商談にゾロゾロと人を連れて行っても印象がよくない。
アレクシアなら帝国出身で黙っていれば気品のある顔つきだ。
となりに控えさせるにはピッタリの人材といえる。
この辺で大き目の商会を尋ねると、なんと石鹸と香料で契約した相手の一人だった。
ある意味当然だった。ケルベス皇太子の伝手で会ったのだから大きな商会に決まっている。
「おや、ヨハネさんじゃないですか。どうしました?」
「突然すみません。実はさきほど食事をした際にとても美味しいお茶を飲みまして……」
約束がなかったにもかかわらず、会いに来たことを伝えると代表が顔を出してくれた。
非礼を詫びつつ、例のお茶を買いたいと尋ねる。
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