第522話 ドレスコードはお守りください

「ご主人様、本当にいいんですか?」

「ああ。遠慮せずどれでも好きなのを選べ」

「分かりました! オルレアンちゃん、一緒に選ぼうよ」

「私はいつもの服でいいのですが……旦那様のお金で買って頂くわけには」

「こういう時は遠慮しない方がいいんだよ。試着してみてもらおう」


 アズがオルレアンを連れて見本のドレスを見に行った。

 奇麗に陳列されたアクセサリーに色とりどりのドレスが揃えられている。

 まさに女性を着飾るための場所だ。


 エルザとアレクシアは少し浮足立っており、フィンも意外と楽しんでいる様子だった。


 品質に比例して値札に書いてある数字もなかなか素晴らしいことになっているが目を瞑る。

 今回のことは普段から頑張っている彼女たちへの労いでもあるのだ。

 ここでケチっては男が廃る。


 暇ができたので、良い機会だと思い戴冠式に出席するためのドレスを新調しに帝国一の仕立て屋に来ている。

 なんせ大きな式典だ。しかも功労者扱いということで良い席を用意してくれるので、不格好な冒険者の服装では悪い意味で目立ってしまう。


 それに連れの女性を美しく着飾るのは気分がいいものだ。


「ご主人様、来てくださいな」


 エルザが試着室の中から手招きしてきたので近寄る。


「ちょっとエルザ、待って……!」


 試着室の中にはアレクシアもいるようだ。

 慌てたような声が聞こえてきた。


「せっかく着たんだから見てもらいましょうよ、アレクシアちゃん。結構ノリノリだったじゃないですか」

「それは、その。ああ、だめだって」


 エルザが試着室のカーテンを開けると、ドレス姿に着替えた二人の姿があった。

 ただ着ているドレスは胸元や背中の露出が激しく、人前に出すのは少し憚られるかもしれない。

 いや、正確に言うと他の男には見せたくないと思った。


「どうです? 似合ってますか?」


 エルザはこっちを向いて笑顔で聞いてくる。

 その笑顔にはいたずら心が潜んでいるのがすぐに分かった。


 恐らくアレクシアとヨハネをからかって遊んでいるのだ。


「下着もドレスに合わせて、ほら」


 エルザは自分とアレクシアのドレスの裾を持ち上げて下着を露わにする。

 ガーターベルトも身に着けており、扇情的だ。

 アレクシアは慌てて抑え込もうとしたが、エルザ相手に力負けしていた。


 裸を見たこともあるのにと思ったが、こういう場所で見せるとなると恥ずかしいのだろう。


「似合ってるぞ。最高に奇麗だ。でもお前たちの肌を他の男に見せたくないから却下する。下心のある男が寄ってくるからもう少し大人しいデザインにしろ」

「あら、ですってアレクシアちゃん」

「エルザ、あんたねぇ。自分だって恥ずかしくなって顔が赤くなってきたじゃないの。ほら、もう着替えるから閉めてちょうだい。あと褒めてくれてありがと」

「あ、あはは。正直に褒められると照れますねー」


 顔を赤くしたアレクシアに追い払われてしまった。

 良いものが見れたな。


「鼻の下伸ばして、デレデレしてんじゃないわよ」


 腹を肘で突かれる。

 フィンがいつの間にか隣にいた。

 今のを見られていたようだ。


「……こういう服は着たことないのよね。必要もなかったしさ」


 フィンは物心ついた頃から暗殺術を育ての親から叩きこまれてきた。

 お洒落とは無縁の日々だったのは想像に難くない。

 何度かアクセサリーをプレゼントしたことはあるが、身に着けてくれているので嫌いではないと思う。


「参考意見、あくまで参考意見。あんたならどういうのが良いと思う? ちょっと選んでよ」

「分かった。そうだな……、フィンに似合うのはやっぱり」


 フィンは珍しい黒髪に黒目の容姿をしている。

 体型は猫のようにシュッとしているが、意外と出るところは出ていてスタイルは良い。


 仕立て屋のスタッフが近くで控えてくれているので、目的の物を伝えて持ってきてもらった。


「これならどうだ? 俺はとても似合うんじゃないかと思う」

「ふぅん……。こういうのが好きなんだ?」


 持ってきてもらったのは、光を吸い込むような真っ黒なドレスだ。

 アームカバーやニーソックスもそれに合わせて黒に揃えてある。

 髪飾りは黒に映えるように金細工のものを選んだ。


 これならフィンの白い肌がきっとより映えるだろう。


「ちょっと待ってて」


 ドレスを受け取ったフィンは試着室に入る。

 衣擦れの音が聞こえると、すぐ近くで服を脱いでるという事実を意識してしまった。


「あれ、これって……ああもう」


 試着室のカーテンが突然開く。フィンは背中を向けていた。

 まだ着替えている途中のように見える。

 背中の部分が丸見えになっていた。


 危険な仕事をずっと続けていたにも関わらず、傷一つない陶器のように白い肌だ。

 さすがというべきか。


「一人じゃ着れないドレスだったみたい。不本意だけど今はあんたしかいないから、手伝って」

「これを引っ張ればいいのか」


 背中の部分にファスナーが付いている。

 上に引っ張ればいいようだ。


 右手を伸ばすと指がフィンの背中に触れる。

 滑らかですべすべだった。


「んっ、くすぐったい」

「我慢しろ」

「分かってるってば。早くやってよね。髪を挟まないでよ」


 ファスナーの金具を掴み、ゆっくりと引き上げる。

 フィンの肌がドレスに包まれていく。


 両手で髪を持ち上げており、うなじが見えた。

 吐息が聞こえてきて無駄に意識してしまう。


「よし、これでどうだ」

「ありがと。それで、どうかしら?」


 フィンはこっちに身体を向けると、華麗にターンしてドレスの裾を翻す。

 太ももと黒の二―ソックスが見えた。


 白と黒の対比で眩しいくらいだ。

 髪には金細工のヘアピンが身に着けてあってワンポイントになっている。


「俺は良いと思うぞ。とっても可愛い」

「そう? ま、あんたに褒められても嬉しくないけど、そこまで言うならこれにしようかな」


 こうしてフィンのドレスは決まった。


 アズとオルレアンはどうしているか気になり、様子を見に行く。


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