第521話 風の精霊石

 宝石から吹き出す強い風に身をすくませる。

 女性陣のスカートが巻き上がってあられもない姿が露わになった。


 吹き飛ばされるかと思ったが、少し時間が経つと自然と収まる。

 水の精霊もいつの間にか姿を消していた。


 精霊と共鳴し風を生み出す。

 となるとこの宝石は恐らく……。


「もしかして風の精霊石か?」

「そのようです。もしかしたらと思ったんですが、やっぱりそうでしたね」


 乱れた服と髪を直しながらそう言ってエルザが隣にくる。

 これを選ぶように言ったのも彼女だ。確信があったのだろう。

 さっきの現象を見る限り間違いない。だがヨハネは訝し気に見つめる。


「土の精霊石に比べてなんというか……」

「一言でいうとオーラがない。土の精霊石は欠片でも近づいただけで大きな存在を感じ取れたんだけど、この宝石からはそういった気配は感じられないわ」

「アレクシアさんの言う通りです。水の精霊が触れるまでは何の変哲もない様子でしたし」

「だよなぁ」


 今まで火と土の精霊石を直接目にしたことがある。

 精霊石を前にすると圧倒されるような精霊の巨大な力を肌身に感じることができた。

 しかしこの風の精霊石にはそれがない。

 ただ奇麗な石という感想しか思い浮かばなかった。


 それに、あの場に風の精霊石があるのも妙だ。

 精霊石は精霊が眠りについた姿と言われており、都市一つを賄えるだけの力がある。


 水の精霊石なら干ばつとは無縁になるだろうし、土の精霊石なら不作知らずの豊穣をもたらす。

 火の精霊石は燃料そのものだ。

 風の精霊石もその利用価値は計り知れない。

 帝国にとってもそれは同じはずで他の魔道具などとは一線を画すだろう。


「もし本物ならケルベス皇太子がそう簡単に手放すだろうか」

「そもそも、これが精霊石だと気付いていなかったのだと思います」

「どういうことだ?」

「きっと別にもう一つ風の精霊石があったんですね。そっちはちゃんと確保したはずです。精霊石を回収したと言ってましたし」

「同じものがあるならこれもそうだと分かるんじゃないのか?」

「いえ、無理でしょうね。この子は無理な使い方をされて力を使い果たしてしまってます。現にさっきまで大きな宝石にしか見えなかったでしょう?」

「そう言われるとそうだな」


 精霊石の実物を手に取ったことがあるだけにその特異さは理解している。

 だからこそ分からなかったのかもしれない。


 ヨハネの鑑定でも分からなかった。

 精霊と共鳴できるアズも気付かず、同じ精霊である水の精霊でようやくだ。


「なるほど。だが力を使い果たしているなら使い道もなさそうだな。土の精霊石のように回復したりするのか?」

「土の精霊石は地面に埋めて植物を育てれば良かったですもんね」

「そうですね。ですが、この状態ですと普通の方法で力を取り戻すには数十年……下手すると百年以上かかるかもしれません。土の精霊石は欠片でも力は問題ありませんでしたが、今回は完全に枯渇してますから」

「実質ただの宝石みたいなものか」


 四大精霊が集結したと思って少し浮かれたが、そう上手くはいかないらしい。

 魔導士でもないので上手い使い道もないのだが。

 アズが全ての属性を使いこなすのはまだ難しいらしいし。


「貰いものだし、損したわけじゃない。そういうことなら家に飾っておくとしよう。家宝にするのもいいかもしれないな」

「魔力の吹き溜まりのような場所があればずっと早く取り戻せるんですが……、そういう場所は強い魔物が巣食ってますし危険ですからね。誰かに盗まれてもいけませんし」

「強力な魔物が陣取っている場所で誰かが管理ができる状態に、か? とても現実的じゃないだろ」

「役に立たないわねぇ」


 一旦置いておこうと判断し、アズの道具袋に風の精霊石を押し込む。


「戴冠式まではゆっくり過ごしてくれとのことだ。お言葉に甘えてのんびり過ごさせてもらおう」


 ケルベス皇太子にとって最大のイベントだ。

 やむなく延期したが、今度こそ万全の状態で開催するだろう。

 上から下まで大忙しというわけだ。

 今は下手にウロチョロするよりも大人しくしていた方がいい。


 それにアレクシアには今考える時間が必要だ。


 父親が破滅するのを止められず、帝国は彼女を助けなかった。

 貴族から奴隷になった時はどれだけ絶望したのか想像すらできない。

 それは最初の態度にもよく表れていた。


 時間をかけて信頼を築き、心を開いてくれたと思う。

 負けん気が強いアレクシアのことだ。どうにかしていつか復讐してやろうと考えていたはずだ。


 だというのに父親と彼女を破滅させた本人は気付かぬうちに自滅したというのだから、それを受け止めるのは難しいのではないだろうか。


「アレクシア」

「なぁに?」


 そっと彼女の赤い髪を右手で梳く。

 性格を表すかのように真っ赤な髪だ。


 そしてゆっくりと手を動かし、頬へと移動させるとアレクシアが手を掴んでそのままにした。


「……ご主人様は私を置いていかないわよね。私を買っておいて勝手にいなくなったりしたら絶対に許さないんだから」

「分かってる」

「近くにいたら絶対守ってあげるから。傍にいなさいよね」


 アレクシアは手を放すと背を向けてしまった。

 フィンは両手を頭の後ろに組んで口元をにやけさせる。


「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「煩いわね」

「ふふ。アレクシアちゃんはそういう所が可愛いんですよ」

「わ、私だって同じですよ。ご主人様、同じ気持ちですからね!」

「アズ、気持ちは嬉しいから落ち着け……」

「旦那様がいなくなったら私はどうすればいいのでしょうか。路頭に迷ってしまいます」

「いなくなってないから、変な想像をしないでくれ!」

「あんたたち、ほんと騒がしいわねぇ」


 アズたちが騒ぐのを横目にフィンのぼやき声が部屋に響いた。


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