第520話 一人勝ちのケルベス
収集家でもあったアリウス侯爵の秘蔵品というだけあって、どれも非常に価値が高いものばかりだ。
思わずヨハネも唸ってしまうほどの品がいくつもある。
商人としては是非とも仕入れたいと思ってしまう。
「本来ならこれらすべてやろう、と言いたいところだが……今回の後始末に金が必要でな。この中からどれでも一つ選ぶと良い。それが今回の礼と詫びということにしてくれ」
「なるほど、そういうことなら遠慮なく選ばせてもらいます。少し時間を貰っても」
「もちろん構わないぞ」
机の上にあるものはどれも帝国金貨で千枚は下らないだろう。
魔道具として優れたものや、金でできた壺など換金しやすいものもある。
どれにしようか。横流し品とはいえ、ケルベス皇太子から貰ったものを売るわけにはいかないから換金用のものはやめておこう。
うーん、と頭を悩ませているとエルザが戻ってきた。
アレクシアはそのまま寝かせてきたらしい。
「弱ったアレクシアちゃんは別人みたいでちょっと可愛かったかも」
「珍しくしおらしくなっていたからな。普段は気丈に振る舞っていたんだろう」
「いつも励ましてもらってたので、心配ですね……」
「あのゴリラみたいな女を心配するだけ無駄だと思うけど。明日にはケロリとしてるでしょうよ」
アレクシアは勝気な性格もあって、ヨハネたちの戦力と精神的な柱だった。
そのアレクシアが弱った姿に動揺が広がるのも無理はない。
フィンだけは少し辛辣だがいつもの憎まれ口だろう。
なんだかんだ仲はいい。
「それで今はなにをしてるんです?」
「色々あってこの中から一つを賜ることになったんだ。それでどれがいいかを悩んでいてな。エルザはどう思う?」
「そうですねぇ……」
エルザは机の上の品を見定めている。
一通り確認するとすぐに答えが出たようだ。
「あら、結構いわくつきの物も紛れてますね。効果は高いけどデメリットもすごいので弾いた方がよろしいかと」
「呪われた魔道具はあの茨の杖だけで十分だよ。普通のものにしてくれ」
「ほう、そういう目利きもできるのか。うちの魔導士や司祭がある程度は確認したのだが、よければ教えてもらえないか?」
「はい、殿下。使用しなければ問題ないものは見分けがつきにくいですからね」
エルザは手袋を着けて一つずつ選り分けていく。
全体の三分の一を脇に置いた。
「こんな感じです。使用者に不幸がかかる代わりにその分誰かが幸運になるとか、割と悪意のある魔道具が多かった気がします」
「アリウス侯爵らしいな。奴隷や死刑にする相手に使わせれば奴だけが得をするというわけか。上手く使えば今回のような事件も引き起こせそうだな。便利だが使うほど心を失くしそうだ。グローリア、これらは処分してくれ」
「かしこまりました」
グローリアが運び出してしまい、エルザが弾いた品が机の上からなくなる。
きっと普通の司祭では分からないことも分かるのだろう。
エルザを信じるなら残ったものは安全ということになるが、さて……。
「ご主人様、あれがよいかと」
こっそりエルザが耳打ちしてきた。吐息がこそばゆい。
エルザが指名したのは残った品の中で一番地味な漬物石のような石だった。
翡翠色の大きな宝石のようで、上手く加工すれば価値はかなりのものになる。
換金系になるかと思って選択肢からは外していたのだが、エルザが言うならそうするとしよう。
彼女の助言が外れたことはない。
「ではこれを頂きたく」
「いいだろう。ふふ、やはり商人だな。宝石は好きか?」
「お恥ずかしいかぎりです。宝石は大きければ大きいほどいい」
大きな宝石を貰い受け、他のものは全て撤去される。
あれだけの品物を選べたのは良い経験になった。
タダほど高いものはないというが、今回は代償を払った後なので気兼ねする必要もない。
後はこれがわざわざエルザが選ぶほどの価値があるものなのかを調べねば。
「死中に活あり、という言葉もある。アリウス侯爵が死んだことで俺の政敵になり得る存在はいなくなった。戴冠式を行うには最高の舞台が整ったと言える。ヨハネ。お前には良い席を用意するとしよう」
話はそれで終わった。
こまごまとした罪なども全てアリウス侯爵に被せて家も取り潰すことになる。
空いた領地には帝位争いの功労者を割り振り、再建に必要な費用はアリウス侯爵から回収した財産を使用する。
上手くまとまった、といったところか。
結果を見れば、帝位争いから端を発した騒動はケルベス皇太子の一人勝ちだろう。
これで正式に皇帝の座につけば、もはや元老院すらモノともしない圧倒的な権力を手にするのではないかと思う。
その先にあるのは独裁であり、帝国の発展だ。
歴史的な証人になるかもしれない。
目を覚ましたアレクシアを回収し、アズたちを連れて部屋に戻る。
アレクシアは休んで少し顔色はよくなったか。
「それでこれはなんなんだ? わざわざ優先したのは理由があるんだろ?」
「もちろんです、ご主人様。当ててみてくださいな」
「むっ」
エルザがこっちを見て含みのある笑いをする。
ただの宝石ではない、ということか。商人は目利きが命だ。
ケルベス皇太子の前でじっくり見ることはできなかったが、今ならできる。
そう言われたならば当てて見せよう。
片眼鏡を取り出し左目にかけ、翡翠色の宝石をじっくりと見つめる。
「あっ」
「アズちゃんは分かった? 言っちゃダメよー」
「えっと、どうしましょう」
「答えは言うなよ」
アズはどうやら分かったようだ。
宝石は傷一つなく、触るとほのかに冷たい。
石の中には模様が見える気がする。
じっくり確認すると模様に沿って魔力の流れが感じられた。
「魔石……か? 魔法を封じ込めた巨大な魔石だろ」
「うーん、ちょっと惜しいですね」
「違ったか」
惜しいとなると、と考えていると頭がいきなり重くなった。
「あ、ダメだよ!」
頭に手をやると水の精霊がいつの間にか乗っていた。
身体の一部を伸ばし、宝石へと近づける。
水の精霊が触れた瞬間、宝石から勢いよく風が放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます