第517話 知らない天井だ

 ふと目を開けると知らない天井が見えた。

 ここはどこだろうと思っていると、隣からシャリシャリという音が聞こえる。

 視線を向けるとフィンがリンゴの皮をナイフでむいていた。


 皮が途切れず一列になっており相変わらず器用だなと思った。

 身じろぎしたのでフィンがこっちに気付く。

 足を組んでニッと笑った。


「目が覚めた?」

「……ああ。ここはどこだ?」

「病室よ。VIP向けのね。ようやくあんたを見つけたと思ったら気絶しちゃってさ。エルザの胸の中で気持ちよさそうに寝息立てはじめたってわけ」

「そうか。脱出できた記憶はあるんだが、夢じゃないよな」


 フィンは一瞬目をぱちくりさせると、いつものように生意気そうに鼻を鳴らした。

 また見れて正直ほっとする。


「はぁ? バカ言ってないで、ほら」


 フィンは皮をむいたリンゴを手首の力で宙に浮かすと、ナイフを動かす。

 するとキャッチした時には奇麗な六等分にカットされていた。

 それを皿に盛って突き出してくる。


 受け取って一つ口に入れて噛むと、甘酸っぱい果汁が口に溢れた。

 乾いた喉と空腹に染み渡り、あっという間に平らげてしまった。


「ちゃんと食欲があるなら大丈夫ね。引っ張り上げた時は顔面蒼白だったから心配してたけど」

「なんだ、心配してくれたのか」


 余計なことを言ったと思ったのか、フィンは急に立ち上がると肩を小突いてきた。

 割と痛いが照れ隠しだと思いたい。


「それで、なにがあったの?」

「色々……としか言いようがないな。まずそっちの状況を聞きたい」

「そうねぇ。四日前の朝、突然あんたを含めて行方不明者が出たのが最初かな。仮にも王国の使者が行方不明となっちゃ帝国の警備や皇太子の面子が丸つぶれだから大騒ぎになったわよ。あの時のケルベスと護衛のグローリアのツラ、見せてやりたかったわ」


 四日前。あれからもうそんなになるのか。

 あの場所は朝も昼もなく、それに激動の日々だったので曜日感覚もなかった。


「アズの取り乱し方も酷かったわね。泣いたと思ったら今度は殺気をだれかれ構わず振りまき始めて……あのまま見つからなかったら色々ヤバかったと思うわ。ちゃんとケアしなさいよ」

「分かってる。それも俺の役目だ」


 アズは普段は安定しているが、ヨハネになにかあるとそうもいかない。

 なんにせよ、無事脱出できてよかったといったところか。


「いくら探しても見つからなくて、すぐ魔術的な捜索に移ったわ。しばらくしてようやくエルザがあんたを見つけてなんとか支援したってわけ」

「あれは助かったな。かなりピンチだった」

「問題はどうやってあんたを助けるかだったんだけど……いきなり空から膨大な魔力が検出されてね。急いで駆け付けたら別の場所と繋がった空間が現れたの。そこからあんたの気配がしたから引っ張り上げたってわけ」


 あと少し、というところで誰かの手が掴んでくれたのは覚えている。


「悪運が強いわほんと……。あんた以外は寝室から死体で見つかったそうよ」

「俺以外に誰か出てこなかったか?」


 イエフーダとジルが先んじて外に出たはずだ。

 今の話し方だと見つかっていないようだった。


「さぁ? 見てないわね。ただそういえば見つけやすいように目印があったわ」

「そうか」


 逃げ足の速いあいつらのことだ。

 誰かが来る前に姿を見られたくなくてとんずらしてしまったのだろう。

 こっちを助けることはしなかったが、目印を用意したのがあいつらしい。

 食い逃げの立て替え分としては十分なお返しだ。

 依頼料に関しては……どうせまた会う気がするからその時だな。


「それからあんたをこの部屋に運んで交替で看病してあげたってわけ。感謝しなさいよ」

「もちろんだ。フィン、ありがとう」

「ふん。これも仕事だし」


 ノックの音がしてから誰かが部屋に入ってくる。

 オルレアンとアレクシアだった。


「旦那様、良かった。目が覚めたんですね」

「あら、しぶといわね」

「この通りちゃんと生きてるよ」

「良ければどうぞ。疲れた時に私が飲んでいたものですが……」


 オルレアンが生姜湯を持ってきてくれたのでゆっくりと飲む。

 少し苦くて甘く、そしてじんわりと身体が温まっていく。


「ありがとう。美味しかったよ。後二人は?」

「アズは寝てるわ。あの子、ご主人様がいなくなってからずっと起きて探してたから。エルザは付き添いね」

「アズ様は憔悴しきっておりましたから」

「おっと、今度はあんたの番よ。何があったのか……」

「フィン、ストップ。今は寝かせてあげなさい。体力が戻ったら帝国の関係者にも伝えないといけないんだから二度手間でしょ」

「分かったわよアレクシア。ま、このマヌケ面がまた見れたからよしとしましょうか」


 ありがたい。正直話を聞くだけで少し疲れてきたところだ。

 アレクシアがそっと手を伸ばしてきて、頭を撫でてくる。


「私たちを拾っておいて、知らないところで死んだりしたら許さないんだから。覚えておいてよね。目の届く場所にいたらちゃんと守ってあげるから」

「ほんと、頼もしいな」


 話しているうちに強い睡魔が襲ってきた。

 抗う間もなく意識がまどろみに落ちていく。


「よくお眠りください、旦那様」


 オルレアンの声が聞こえた気がした。


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