第515話 我は王国の剣なり

 突き刺さった剣はそのまま体を貫く。

 貫かれた場所から赤い霧が勢いよく放出された。

 あれが人々を犠牲にして今まで溜め込んでいた力なのだろうか。


「やめろ!」


 世界の主はイザード王の両腕を掴み、貫く剣を引き抜こうとする。

 しかしイザード王は頑として動かず、まるで堅牢な岩のようだ。


「……おのれ、おのれ! あともう少しだったというのに」

「お前を逃がすわけには行かん。放置すればいずれ必ず王国に災いをもたらす」

「たかが人間の王風情が!」


 世界の主が苦し紛れに魔法を放つが、イザード王はさらに剣を突き立てていく。

 赤い霧は勢いを増し、みるみるうちに部屋を満たしていった。

 傷を塞ごうにも黄金の剣によって阻まれているからこうなっているのだろう。


「よ、よせ……そうだ。私の力を使ってお前たちを生き返らせてここから出してやる。たやすいことだ」

「ほう」


 イザード王は剣を緩める仕草を見せた。

 世界の主はこれ幸いと顔を歪ませ言葉を続けようとしたが、次の瞬間イザード王は剣を上へと動かし胸から頭を両断した。


「自ら殺しておいて蘇らせてやろうなどと、どこまで傲慢なのだ。我々を甘く見過ぎている。それにお前の言葉は甘言ですらない」


 世界の主の肉体は再生を試みようとしているが、それ以上に力の流出が早いように見える。

 あれだけ恐ろしかった存在が弱っていくのを感じた。

 世界の主は胸から上を半分に割かれたまま両手を天井に向け、魔法で天井を吹き飛ばす。

 それと同時にイザード王が剣で胴体を横に斬る。

 すると風船が破裂するように弾けて消えた。


 王の間から赤い空が見える。

 瓦礫が落ちてきたがジルや騎士が守ってくれてことなきを得た。


「あんなになってもまだ力が残っていたのか」

「腐っても神の一部ってわけだ。だがこれでもう……」


 イエフーダが何かを言いかけたところで口に加えた煙草を落とす。

 視線の先に何があるのかと思ったら、赤い月だった。


 最初は巨大な満月だった赤い月はもう見る影もなく小さく、三日月の形をしていた。

 あれが世界の主の残った力を示しているのならもはや風前の灯火のはず。

 赤い月をずっと見ていると違和感を覚えた。


 小さくなった赤い月が少しずつ大きくなっているように見える。

 いや、これは……。


「こっちに近づいてきてないか?」

「チッ、俺の目がおかしくなったわけじゃないか」


 騎士たちが魔法や矢を赤い月へ向けて放つが、ほぼ効果がない。

 小さくなったとはいえ、それでもまだ人間と比較すると巨大だ。


「まだだ! まだまだだ!」


 甲高くひび割れた声が聞こえる。

 世界の主の身体から放出された霧が、近づいてくる赤い月へと集まる。

 赤い月は包まれ、巨大な血の塊のようになってしまった。


「私は再び世界に根を下ろす。私こそが律を支配するのにふさわしき神なのだ!」


 血の塊の中から左右に巨大な腕が飛び出してくる。

 そして残った部分が顔へと変形していった。

 ……なにが神だ。まるで悪魔のような形相じゃないか。

 化け物となった世界の主の口から黒いなにかがうごめく。

 あれは虫だ。小さな虫が建物に噛みつき貪っている。

 あっという間に王の間が削れていった。


「不幸をもたらす神など要らぬ。人は人の力で生きていくことができる」


 イザード王は黄金の剣の切っ先を地面につける。

 残った騎士たちはイザード王の後ろに並び、それに続く。

 イザード王を中心にして黄金の魔力が輝き始めたのが見える。


「ここまでくるのにずいぶんと時間がかかった。だが、王として、王国の剣として。ようやく王国に脅威をもたらす巨悪の息の根を止めることができる」


 騎士たちの姿がゆっくりと朧げになり、やがて周囲の黄金へと溶けていった。

 騎士が一人黄金の光になるたびに魔力が膨れ上がる。

 かれらは恐らく王の力そのものに自らを捧げているのだ。


 そこに戸惑いや恐れなどは一切感じない。

 ただひたすらに高潔さと気高さが見える。


「騎士ってやつはこれだから苦手なんだよ。目的のためなら自分の命すら勘定に入れない。俺は自分の命が一番大事だって言うのに」

「生き方の違いだろ。それにかれらはきっと自分が死んでも必ず誰かがその役目を引き継ぐって信じているんだ。王国という存在の一部として、死んでも生き続けるって」

「……分かんない」


 ジルには少し難しい話だったかもしれない。

 いやヨハネ自身も口から感情のまま漏れ出た言葉だ。

 だが、きっと合っている。


 イザード王とその騎士たちはここで一度死に、それでも王国の敵を討つために立ち上がった。

 それはきっと昔から受け継がれてきた責務を果たすという精神がなした奇跡だ。


 全ての騎士が消え、イザード王自身も黄金の光に包まれている。

 黄金の光は温かく周囲を包み込み、その光に触れた黒い虫は蒸発するように燃え去った。


 間違いない。これで最後だ。


「ヨハネ。私を救ってくれた者よ。最後に頼みがある」

「なんですか?」

「王国へ、我が王冠を届けてくれ」

「必ず」


 イザード王は頷く。

 そしてイザード王は黄金の剣を担ぎ、天へと掲げる。

 光が天に導かれるように空へと伸びて世界を照らす。


「王国に栄光あれ」


 それが王の最後の言葉だった。

 その言葉と共に、黄金の光を振り下ろす。


「人間ごときが!」


 世界の主は両腕を黄金の光へとぶつける。

 光の奔流はその程度では止まらない。

 巨大な腕は光に触れた部分から削れていく。


 最後の抵抗とばかりに、口を開いてありったけの魔力をそのまま光にかえて放出したようだ。

 世界の主から放たれた黒い光が黄金の光に衝突し拮抗する。


 イザード王が更なる力を込めた瞬間黄金の光はより力を増し、黒い光ごと世界の主を灼いた。

 黄金の光はそのまま天へと上り、赤い空を大きく割って消えていった。


 ……いつ振りだろう。見慣れた青い空が見えて涙が出た。


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