第513話 王に二度の敗北はない
城の中を全員で進む。
外は燃え盛っているが不思議と熱は伝わってこない。
「王様、次はどうする?」
「奴の手足を完全にもぎ取る。そのためにも全ての部屋を確認し、それらしきものは破壊するぞ」
「あいよ」
イザード王はその宣言通り、全ての部屋を開放して破壊していった。
道中に遭遇した傀儡となっている犠牲者の死体もその対象だ。
「奴の慰み者から解放してやらねばならぬ」
骨の欠片になるまで打ち砕き、聖水で浄化する。
なだれ込むように数で攻めてきたものの、全身鎧で身を包んだ騎士たちを相手にするには個々が弱すぎた。
剣で、鎚で、盾で。あらゆる方法で粉砕していく。
ヨハネは彼らの成仏を願いながら聖水を撒いていった。
一部の部屋には生存しているものの、この世界の瘴気に当てられてしまった人もいる。
残念ながら対話も成立せず、武器を片手に襲い掛かってくる。
イザード王は躊躇なく首を斬った。
「こうなったならここで殺してやるのが慈悲というものだ」
「そうかも……しれませんね」
あやうく食われかけたヨハネとしてはそう言う他なかった。
もし仮に正気に戻ったとしても、やったことは消えない。
死体が利用されることのないように火葬する。
安らかな顔をしていているように見えたのは、ヨハネがそう思いたいからだろうか。
次第に襲い掛かってくるスケルトンも少なくなっていった。
聖水もほぼ使い切った。
だがその効果はかなり大きかったと思う。
その証拠に城の様子が明らかに変化してきた。
壁がうごめき道を塞ごうとしてきたり、壁の中の肉塊が触手のように伸びてきて攻撃してきたのだ。
暗い城内で死角から迫ってくる。
おそらくこっちに干渉する手段がなくなってしまい、城を利用するしかなくなったのだろう。
苦し紛れの手段なのは明らかだった。
そしてそんな方法でイザード王の軍勢を止められるはずもなく。
道を塞ごうとした壁は打ち砕かれ、攻撃してきた肉塊は切り刻まれて焼き払われる。
その姿は今までの非道を非難しているかのようだ。
ヨハネがイエフーダとジルに出会った食堂に到着する。
一人でこの城を歩いていた時は気が気ではなかった。
実際いつ死んでもおかしくなかっただろう。
なのでいけ好かない相手とはいえ、一緒に行動できて助かった。
イザード王のもとに辿り着いたのもジルの強さがあってこそだ。
「ジル、ありがとうな」
「感謝するなら飯をまた寄こせ」
「分かった、お安い御用だ。もし無事に出られたら腹いっぱい食わせてやるよ」
「やったー! お前いいやつだ」
「おいおい、金も忘れんなよ」
「もちろん払うよ。命には代えられないからな」
成功報酬だが助かるならば払うという約束をしていた。
それをケチるような吝嗇家ではない。
加えて払わずイエフーダに借りを作るのもよくない気がする。
弱みに付け込むのが得意なのだから。
ヨハネが迷い込んだ厨房に辿り着いた。
天井から吊り下げられた白い布には見覚えがある。
間違いない。
「憐れな……」
その中身に察しがついたのだろう。
イザード王は騎士に指示し、天井から白い包みを下ろす。
それを積み重ねて、火葬した。
これが今できる最大の供養だろう。
肉と油の焼ける匂いが部屋に広がった。
忌まわしい匂いではあったが、これでもうこれ以上尊厳が蹂躙されることもないのだ。
いよいよ最深部である王の間に続く大広間へと辿り着いた。
数体のスケルトンが扉を守るのみで、抵抗はそれだけだった。
立場が逆転したなと思う。
あの時はジル以外はろくに戦えず、四方八方から襲い掛かるスケルトン相手に命からがら逃げるしかなかった。
いくら大剣を振るうとはいえジルは少女だ。
それに衣類はともかく防具はほぼ身に着けていないので多勢に無勢だった。
それに対してイザード王とその騎士はフルプレートで覆われており、スケルトンの攻撃など意に介さない。
恐らく今のが最後の戦力だったのだろう。
靴を濡らしていた床の血も無くなっている。
最後の悪あがきか、扉の鍵穴が塞がっていた。
ヨハネが持つ鍵も溶けてしまう。
「俺たちだけのときは入って来いと誘ってたのに、今は入ってこないでくださいってか。そりゃそうだよな。もうこうなっちまえば持久戦しかない」
相手の不利な状況にイエフーダは腹を抱えるように笑った。
鬱憤も溜まっていたのだろう。
分厚い扉だ。また破城槌が必要になるかもしれない。
イザード王が扉から離れるように言ったのでそれに従う。
「余に任せよ」
イザード王は黄金の剣を構える。
周辺の魔力が剣へと集まっていき、暗い大部屋を照らしていく。
「王国の輝きは王が倒れようとも、決して絶えぬ。その意味を知るがいい」
黄金の剣を振るう。
光が扉へと放出された。
扉の表面を焼き、内部の肉が露わになる。
痛みにもがく仕草と叫び声がしたあとついに光が扉をぶち抜いた。
扉の半分以上が消失している。
残った部分が崩れ落ちて倒れてきた。
見事に道ができた。
あの剣は王族に伝わる魔道具かなにかなのだろうか?
もとは王冠の欠片だったはず。
バロバ公爵が競り落とした王冠の方にはそんな力はなかったように見えたのだが。
「ゆくぞ」
イザード王が王の間へ足を踏み入れる。
騎士と共にその後ろに続いた。
椅子には誰も座っていないが、何かがいる雰囲気は感じた。
「……忌まわしい。一度は殺したはずの、しかし死に絶えぬ愚かしい王よ」
「知らなかったのか? 生憎とデイアンクル王家は諦めが悪いのだ。それにお前のような存在を生かしておくわけにはいかん」
「人の身を捨てて苦痛に耐えた理由がそれか」
イザード王の前に空間の歪みが発生する。
それから一人の人間が姿を現した。
帝国の貴族らしい見た目だ。
しかも格好からしてかなり爵位が高い。
あれがこの世界の主の姿なのだろうか。
凄まじい魔力が周囲に渦巻いている。
「また殺してやろう。今度はもう化けて出てこぬように」
「二度の敗北は余と騎士たちには存在せん」
イザード王とこの世界の主の視線が交わり、緊張が走る。
戦いが始まること察し、ヨハネとイエフーダは部屋の隅へと移動した。
相手の複数の魔法が降り注ぎ、それが戦いの合図となった。
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