第512話 快進撃

 弓兵たちは一糸乱れぬ動きで矢を放つ。

 長弓の弦を張る音、そして矢の風切音が聞こえるたびに蝙蝠人間を仕留め、墜落させる。

 頼もしい。さすがはイザード王の率いる騎士だ。


 これなら蝙蝠人間の脅威である空中からの強襲を防ぐことができ、上空に寄せ付けないため分泌物を撒かれる心配もない。


 ヨハネは蝙蝠人間が落ちてくるのに合わせて聖水をぶちまけ、とどめをさす。

 一回ごとに樽に戻りコップを突っ込んで聖水を補充する。

 イエフーダとジルも同じ役目を担った。


 一滴も無駄にすることは躊躇われる。

 次にいつエルザと連絡が取れるか分からない。場合によっては聖水の補充はできないかもしれないからだ。


 常に走り回ることなり、ヨハネにとっては重労働だったが今までとは違い明確に成果が出るので頑張ることができた。

 蝙蝠人間を退治すれば空からの脅威はなくなると思っていいだろう。

 非常に慌ただしかったものの、ついに蝙蝠人間が途絶えた。

 落ちてきた最後の一体に聖水をかけて灰にする。


 そういえば魔物はとどめをさせばその力を得られるのだが、この場合はどうなのだろう。

 特に実感がない。


「あらかた打ち落としたな。残りは脅威ではあるまい。まずは外周部の連中を全て掃討するとしよう」


 イザード王はそう言うと、大きな貝殻を取り出して先端を口に付ける。

 すると貝から巨大な音が響く。


 とても勇ましい音で、隅々まで聞こえそうだ。


「構えよ。来るぞ」


 音の後、すぐに地面が振動する。

 大勢の群れがこっちに向かって走ってくるのが伝わってきた。


 今のはどうやら音で周辺の化け物を呼び寄せたらしい。

 なんと無茶なことをと思ったが、それだけの自信があるのだろう。


 先頭を走っているのはヨハネたちが戦ったことのある虎の化け物だった。

 しかも今回は一回り大きい気がする。


 騎士の一人が長槍を片手に前に出る。

 そして槍の向きを回転させて虎へと向け、振りかぶって勢いよく投擲する。

 投槍だ。だがあんな大きな槍を軽々と投げるのには驚いた。

 ヨハネでは両手でもきっと支えきれないだろう。


 槍は少しだけ弧を描き、虎の片目に刺さりそのまま穿った。

 あの体躯の虎をたった一撃だ。

 剛力のジルですら一撃では仕留められなかったのに。


 後続の豚たちは動かなくなった虎を跳ねのけ殺到する。

 それをイザード王と騎士は剣を抜いて待ち構えた。


 突撃をいなし、横から斬りつける。

 たったそれだけのことだが、突撃を正面から受ければひとたまりもない。

 彼らはそれが怖くないのだろうか。

 騎士は常にお互いをかばい合えるような立ち位置で動いている。


 それに対して豚は個々にひたすら突撃するのみだ。

 結果は火を見るより明らかで、あっという間にこっちが優勢になっていく。


 くわえてイザード王の黄金の剣。

 なんなく豚を切り裂いて倒していく。

 それぞれの騎士も凄まじく強いのだが、イザード王はそれ以上に強い。

 先陣を走る王の後姿は凄まじい安心と信頼を感じさせた。


 ……本当に味方でよかったと思う。

 下手すると恐怖の対象だった化け物たちよりも怖い。そう思うほど強い。


 スパルティアの兵たちを思い出した。

 イザード王とその騎士たちは彼らに似ているのだ。

 そりゃあ強いし頼りがいがある。


「見てみよ」


 倒した豚や虎に聖水を撒き終わるとイザード王が赤い月を指さす。

 最初は巨大な満月だったはずだ。


 だが今見ると明らかに小さくなっており、満月ではなく下弦の月に近づいていた。

 もしかするとあの月がこの世界を表す指標かなにかなのかもしれない。


「忌々しい月だと思っておったが、こうなると可愛いものよ。少しは痛手になっただろう」

「次はどうしますか? 外の化け物はだいたい退治できたみたいですが」

「ふむ、そうだな」


 イザード王が両腕を組んで周囲を見る。

 今見える範囲にあるのは帝城と脈打つ地面だけだ。

 少し離れた場所には森も見えるのだが、どうやら幻覚のようでたどり着けなかった。

 思ったよりもこの世界は狭い。


「城以外を焼き払うとしよう。多少の苦痛は与えられるだろう」


 騎士たちも頷く。

 どうやら彼らにとっては常套手段のようだ。


 容赦がない。……全滅させられた相手なのだからある意味当然か。

 この王様の治世では野盗は息をすることすらできなかったに違いない。

 国民にとってはありがたいことだ。


 脅威のなくなった外庭に騎士たちが魔方陣を描いていく。




 まだ生き残っていた蝙蝠人間や豚が襲い掛かってくるが、群れという最大の武器をなくした以上はもはや脅威足りえない。

 撃退した後に聖水をかけるだけの簡単な仕事だった。


「陛下、準備が終わりました」

「うむ、ご苦労。城の中に入ると同時に点火せよ」

「ハッ!」


 本当にやるらしい。


 城の正門に辿り着くと、拒むように扉が閉まっている。

 記憶が正しければ最初は開いていたはずだ。

 もしかしたら中に入って欲しくないのかもしれない。


「笑止!」


 イザード王の黄金の剣が形を変える。

 ……これは間違いない、攻城槌だ。


「お前たちも手伝うがいい。少し気が晴れるだろう」


 そう言われて開いている場所に手を添える。

 騎士たちとイザード王と共に攻城槌を押して門へと突撃する。

 もっとも、ジルはともかくイエフーダとヨハネは文字通り手を添える程度の助力にしかならなかったが。


 爆発したかのような大きな音をたてて攻城槌は門を突いた。

 当たった場所がえぐれるように凹んでいる。


 少しだけ気分が高揚した。


「行くぞ!」


 掛け声と共に何度も引いては押し、引いては押す。

 その度に巨大な門は明確に歪み崩れていく。


 そしてついに攻城槌が正門をぶち抜いた。

 ヨハネは疲労困憊になっていたものの、ようやく仕返しできて気分がよかった。


「肉体労働は柄じゃねーんだが」

「面白かったー」


 二人も満更ではなさそうだ。

 壊れた門もその中身は肉塊なのが断片から見える。


 残っていた油をかけておいた。

 これで外を燃やした時一緒にこんがり焼けるだろう。


 城に入ると同時に騎士の一人が魔法を発動させる。

 魔方陣が点火する導火線のように光輝き、一斉に燃えはじめた。


 大地が苦痛に蠢くのが見えた気がする。

 まさかこんな反撃は想定してなかっただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る