第511話 古き王の軍勢

 騎士たちと王を見る。

 イエフーダが言ったことが確かならば彼らは死者だ。

 だが目の前に実体として存在する。

 むしろ圧倒されるほどだ。


 王の復活と共に、王に忠誠を誓う騎士もまた王の下に集ったのだろうか。


「騎士たちよ、長きに渡り変わらぬ忠誠に感謝する」


 イザード王はそう言うと黄金の剣を掲げ、騎士たちはそれに倣って剣を捧げる。

 それは地獄のようなこの世界で、しかしとても神聖な光景に思えた。


「最初に地下を見つけた時は、あのクソ野郎が心臓か弱点を隠しているのかと思ったが……ある意味それ以上のものが眠ってたな。殺しても死なない王を持て余してこんな所に封印してたとは」

「驚いた。こんなことがあるとは。正直もう打つ手はないかと思ってたよ」

「俺たちだけじゃこうはならなかっただろうよ。お前、悪運だけは一人前だぜ。これなら化け物に負けることはないな」


 イザード王は騎士たちを従えてこっちに来る。

 今のイザード王は偉丈夫といってもよく、前に立つだけで緊張した。

 イザード王はヨハネの手をしっかりと握る。


「余と騎士たちの雪辱を晴らす機会を用意してくれて改めて感謝する。王国の民よ」

「いえ、そんな……。お力になれて幸いです」


 燃えるような赤い髪はティアニス王女やアナティア嬢。それにバロバ公爵を思い出す。

 デイアンクル王家の象徴だ。


「しかし王様よ。あんた等がただもんじゃないのは分かるが、相手は神様崩れだぜ。城の中も探ったが何も出てこなかった。どうするつもりだ?」

「かつて我々も同じ問題に行きつき、全滅した。そしてここで長い間考え続けた結果一つの結論に至った」


 イザード王は右手の人差し指を上に向かって立てる。


「そもそもこの世界そのものが敵なのではないかと。人工物は表面はそれらしいが壊すと肉がのぞく。地面は脈打ち血が溢れる。ここは化け物の体の中そのものだ。ならば全て破壊すればよい。建物も、巣食う化け物も、ことごとく全てを壊せば本体が出てくるしかあるまい」

「……俺には出てこない発想だが賛成だ、王様。なるほど道理にかなっている。腹の中で獲物が暴れたら気が気じゃないだろうぜ」

「うむ。今一度何を飲みこんだか思い知らさなければな。差し当たってまずはここから地上に出るか」


 黄金の剣を大きく振りかぶると、力を溜めた。黄金の輝きが剣に集まっていく。

 イザード王は天井に向けてそれを解き放った。


 輝きは柱となって天井をぶち抜き空へと放たれていく。

 大きな穴があき、赤い空が見える。

 だがもはや以前ほど恐ろしくは感じない。


 騎士の一人が鉤爪の先端を回転させ、地上へと投げて引っ掛け固定させる。

 それからスルスルと登っていき、縄の梯子を用意した。

 騎士と王たちに続いて梯子を登り、地下を脱出することができた。


 地上は相変わらず、赤黒い血に濡れた大地で見る者をうんざりさせる。


 先ほどの音を聞きつけてきたのか、巨大な豚が突進してきた。

 いかに精鋭の騎士とて苦戦する相手だと思ったが、怯む様子はない。


 騎士の中で最も体躯の大きな騎士が大盾を持ち、前に出た。

 大盾を地面に叩きつけ、突進を受ける。


「ふん!」


 大きな衝突音が聞こえたが騎士は下がらない。

 力負けすることなく、巨大な豚の突進を見事に食い止めた。

 突進が通じなかった豚は口を開き、血の塊を大盾に向けて放とうとした。

 だがそれよりも早く三人の騎士が目にもとまらぬ速さで豚に向けて槍を突く。


 縫い付けられた人間の顔が悲鳴を上げるが、騎士たちは一切力を緩めることなく槍を深く押し込み、貫いた。

 それで豚の化け物は呆気なく倒れた。


 ……あっという間にあの恐ろしい豚を倒してしまった。

 なんという練度、そして連携だろう。

 鍛え上げられた騎士とはこれほど強いのか。

 アズたちとはまた違う強さを垣間見た。


 この人たちが一度は全滅したなんて信じられない。


 豚の死体がゆっくりと地面に吸い込まれていく。

 だがイザード王は騎士の一人に命じてそれを阻む。

 火を使い、地面を燃やすと火傷し吸い込めなくなった。


「化け物を殺し、それを奴のもとには返さん。そうすれば裸の王になるしかあるまい。聖水があればより効果があるのだが」

「少しはありますが化け物全てに使えるほどは……いえ、ちょっと待ってください」


 タイミングよくエルザの声がまた聞こえてきた。

 先ほどより小さいのですぐにまた繋がりが消えそうだ。


「水を用意できますか?」

「うむ」


 騎士の一人が樽を用意し、水の魔法で満たす。


「エルザ、この樽の水を聖水にしてくれ。大丈夫、お前ならできる」


 ヨハネの提案に戸惑っているのが伝わってきたが、ごり押しした。

 ダメで元々だ。


 樽の中の水がかすかに光る。

 祝福を受け聖水となった証拠だ。


 ついでに王と騎士たちにも祝福を使ってもらう。

 かれらはアンデッドではない。祝福は問題なく効果があった。


「素晴らしい。優秀な司祭が仲間にいるのだな」

「はい。私の誇りです」


 エルザとの繋がりはすぐに切れてしまった。

 あの様子からしばらくは連絡を取るのは無理だろう。


 聖水を豚の死体に浴びせると、瞬く間に肉が溶け骨が砕け、灰になった。

 効果は抜群だ。


 騎士の一人が突然弓に矢を番えて空へと放つ。

 そして蝙蝠人間がその矢に射貫かれて地面に落下してきた。


 どうやらいつの間に接近してきたらしい。

 弓を持つ騎士は全て迎撃態勢になると同時に、蝙蝠人間の大群が迫ってきた。


「戦いは我々が行う。奴らの死体に聖水をかぶせてくれ。任せたぞ」

「分かりました」


 聖水を組んだコップを片手に、大規模な戦いが始まった。

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