第510話 滅ぼしきれなかったもの
扉を開けて中に入ってみると広い部屋に出た。
燭台を掲げて照らすと、壁には等間隔に松明が置かれていた。
かなり年月が経過しているようだが、試しに火をつけてみると問題なく使えた。
……不思議とここは別の場所と違い嫌な感じがしない。
むしろ落ち着くような気すらした。
松明に火をつけるごとに部屋の様子が明らかになる。
大部屋の中では多くの武器が地面に突き刺さっていたり床に転がっている。
持ち主のいない武器は墓のようだ。
「まるで霊廟だな」
思わず口に出す。
ここは厳かな空気が部屋を支配していた。
イエフーダとジルはつまらなさそうにしている。
だがジルが武器に触ろうとするとイエフーダはそっと静止していた。
彼なりになにかしら敬意を払っているように感じる。
部屋の一番奥に到着すると、壮年の男性が壁に張り付けにされていた。
両手を杭で打ち抜かれ固定されている。
上半身は裸で、数多くの拷問の跡が見えた。
だがまだ息があるようだった。
「大丈夫ですか?」
近づいて声を掛ける。
罠の可能性もあったが、もしかしたら新たな生存者かもしれない。
「うっ……誰だ?」
ゆっくりと顔を上げてこっちを見た。
その表情には苦悶が見えたが、驚くべきことに目には力がまだ残っている。
壁に張り付けにされ、ボロボロの状態にもかかわらずなぜか男性からはみすぼらしさは感じなかった。
「私はヨハネといいます。この世界に突然連れてこられて色々と調べているんです」
「ここには他に誰か居なかったか?」
「いえ、貴方だけです」
「そうか……皆散ったか」
「とにかく、この杭を外しますね」
杭に貫かれた手からは出血もある。
このままだとかなり危険な状態だ。
「構わないよな」
「わざわざ? 好きにしろ。いざという時困るのはお前だ」
「分かってる」
ジルに協力してもらい、杭を引き抜いた。
こっちに倒れ込んできたので支えるが、驚くほど軽かった。
両手には痛々しい傷がある。
手持ちのポーションを使用し、包帯を巻いて治療する。
「水をどうぞ」
ゆっくりと口に水を注ぐ。
かなり減ってしまったが、それでも人一人分の渇きを満たすくらいはある。
ここまで来たら僅かの量を節約しても同じだ。
「すまぬ……」
男性はゆっくりと水を飲む。
それから林檎を食べさせる。
ポーションで身体を拭くと皮と骨のやせ細った肉体だった。
これでよく生きていたものだ。
「礼をしたいが、今の私にはもはや何もない。武器も失ってしまった」
「いいんですよ。困ったときはお互い様ですから」
「偽善が好きなやつだなほんと」
イエフーダの声を無視する。
言われなくても分かっている。こうして見捨てずにいるのは後で助ければよかったと思うのが嫌なだけだ。
「君は……ヨハネといったか。もしかしてデイアンクル王国の民か?」
「よく分かりましたね。王国で商人をしています。今は訳あってティアニス王女殿下の使いで帝国に」
「王国の紋章が目に入ったのでな。そのティアニスとは知らぬ名だが、今代の王族か?」
「はい。ティアニス・デイアンクル殿下です」
「私がいなくなった後も王家は続いていたのか。ああ、少しだけ救いを感じた」
自分が助かったことよりも、デイアンクル王家が存続していることに安堵している様子だった。
「これ、貴方の?」
暇を持て余していたジルが何かを拾ってきた。
武器ではない。
くすんだ金色の破片だった。
「感謝する。これは我が王冠の欠片だ」
「王冠……?」
言われてみれば、王冠の一部かもしれない。
残りの部分を想像してみると見覚えがある気がする。
あれは確か、バロバ公爵が競り落とした壊れた王冠と組み合わせると丁度一つになるような気がする。
バロバ公爵は過去に事件があって失われた王冠、とだけ言っていたような。
「余は兵を率い村を滅ぼした魔物を追っていた。だが突如この恐ろしい空間に閉じ込められ、抗ったがやがて捕らえられた。余の力が及ばなかったせいだ」
「そんなことは」
かける言葉が見つからない。
貴方だけでも生きていて良かったと言っても、きっと聞き入れてはもらえないだろう。
「もしかして貴方はデイアンクルの王族だったんですか?」
「王……? そうだ。私は王なのだ。民の安らぎの為に、王は倒れてはならぬ」
突如、男の身体が熱くなり皮と骨だった肉体に力が戻る。
男はゆっくりと立ち上がった。
とても先ほどまで瀕死だった姿には見えない。
「無理をしては」
「そうだ。余がここまで抗い続けたのは王の矜持があったからだ」
ジルが持っていた王冠の破片を男が掴む。
すると黄金の輝きに包まれて一振りの剣に変化した。
「なるほど、化け物は腹の中にとんでもないのを招き入れちまってたようだな」
「どういうことだ。この人は一体……」
「さっきまで俺やジルには白骨化した死体にしか見えなかった。だがお前が触れた瞬間その姿になったんだが気付かなかったか?」
「そんな。俺にはそんな風にはまったく見えなかった」
「貴重な物資で死体を清めるなんてとうとう狂ったかと思ったが、なるほど王家と関わりのある王国民がトリガーか。死んでなお取り込まれずに力を蓄えてたんだろう。たいした男だ」
特別な場所で強い意志を持ったまま死ぬと、人ならざる者になってしまうと聞いたことがある。
灰王も元は人間だったというし、キヨというアンデットもそうやって生まれたと聞いた。
背後で音がする。
いつの間にかそこには鎧を着込んだ兵隊たちが佇んでいた。
床に刺さっていた武器を携えている。
そのうちの一人が鎧とマントを男へ差し出した。
男は頷き鎧を着込んでいく。
マントにはデイアンクル王家の紋章が輝いている。
「イザード・デイアンクルである。王国の民よ、余を呼び起こしたことに感謝する。今度こそ、余の敵を討つ」
かつて王国には勇ましい王がいた。
兵を率い自ら王国の平和を守るために駆け抜け、しかし突如行方不明となった。
後継者争いにより、王家が二つに割れてしまい公爵家が一つ生まれたという。
イザード・デンアンクル。
ヨハネが生まれるよりもはるか以前の王であった。
目の前には壮年ながらも逞しく、とても老人のようなやせ細った人物だったとは思えない。
「信じられねぇ。勝ち目が出てきたな」
イエフーダは面白がるように言った。
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