第509話 怪我の功名
守護してくれたバリアの効果が薄れていく。
エルザとの繋がりが切れてしまったからだろう。
豚が何度も噛みついてきて、ひび割れる音がする。
だが豚がバリアを破るよりも早くその場から転がって抜け出した。
祝福で強化されていなければ難しかっただろう。
その直後に豚がバリアを砕き、壁に突進して小屋が揺れる。
「よいしょっと」
ジルが身体を何度も揺すり、それによって生まれた振動力を使って天井に突き刺さった大剣を引き抜く。
そのまま勢いを活かして縦方向に回転し、大剣を豚へと叩きつけた。
強力な一撃は大きな豚を分断するほどの威力で、勢い余って床にまで届く。
床の黒い石はひび割れて砕けた。
豚もどうやら倒せたようだ。血が床へと広がっていく。
「学ばないなぁジル。前も天井に剣を引っかけてやばかっただろ。フィジカルは最強なのに戦闘センスがいまいちなのがお前の欠点だ」
「思いっきり暴れたいだけなのに……。でも今凄く調子がいい」
「祝福の効果だろ。にしても相当腕が良い司祭だな。俺が現役のときだってここまで強力じゃなかった。まるで神から直接力を与えてもらってるみたいだ」
ヨハネは座り込んで大きく息を吐きだす。
エルザのお陰でなんとか生き残ることができた。
今目の前の事態が好転したわけではないが、もしかしたら生き残っていればエルザたちがなんとか救出してくれるかもしれないという希望は生まれた。
だがそれは確実な手段とは言えない。
こっちはこっちで最後まで脱出方法を探るべきだ。
そうすることで活路が開けるかもしれない。
諦めたらあらゆる可能性はそこで終わりだ。
「怪我はないか?」
「ああ、なんとか。助かったよジル、ありがとう」
「うん」
小屋はジルが暴れたことと豚の突撃でボロボロで、なんとか形を保っているに過ぎない。
それでも天井があるだけマシというものだ。
少しここで休憩でも、と思ったその時。
雫が落ちる音が聞こえた。
どこから聞こえてきたのかと耳を澄ますと、それは足元の方からだった。
辿っていくと床に広がった豚の血が床の割れ目に入り、その下の辺りから聞こえてくる。
つまりこの小屋の下には地下がある!
「どうした?」
「見てくれ」
イエフーダに今見つけたことを説明する。
それから割れ目の部分を掴み、いくつか引き抜いてみた。
想像通り、穴が空いた場所の下には空洞が広がっていた。
城の中には化け物が徘徊するのみでこの世界の主に繋がるものが無かった。
それは外も同じだ。
探索しきったわけではないが、見た感じ赤黒い大地が広がるばかりであった。
地下という考えは頭になかったが、身を隠すならかなり有効で可能性は高い。
この世界に呼び寄せられた人間は、数々の化け物に襲われる。
ヨハネのように戦う力がなければそのまま食われるし、ジルのように対抗できても持久戦で飢えたり消耗して最後には負ける。
それを地下で待つだけでいい。自動的に勝利するという仕組みだ。
神と名乗る相手が採用する戦法としては、あまりにも卑怯で人間味溢れるものだった。
「ははは! そう来たか。城の中に地下はなかったから完全に想定してなかったぜ。俺としたことが一杯食わされちまうとはな」
「捻くれたアンタよりも相手の方が捻くれてたようだな」
「言うじゃねぇか」
イエフーダは鼻で笑う。
ジルの頑丈な大剣を隙間に差し込み、梃子の原理で床の穴を強引に広げる。
やがて人一人が通れる大きさになった。
イエフーダは小石を掴むとその穴の中へと落とす。
少し間をおいて衝突した音が響いた。
穴はそれほど深くはない。
これなら降りても問題なさそうだ。
だが穴の下は真っ暗で、薄暗い月明りすら望めない状況だ。
火を消していた燭台を道具袋に入れてあったのを思い出し取り出す。
取っ手の部分にロープを括り付け、火打石を使って蝋燭に火をつけた後ゆっくりと穴の中に垂らしていく。
穴の底に辿り着き、周辺を照らしてくれた。
自然にできた空洞ではなく、石で舗装されている。
間違いない。地下には何かがある。
小屋の一番太い柱にロープを結び、一人ずつ命綱にして降りることにした。
まずイエフーダが降りる。
次にヨハネが続き、ジルが殿となった。
穴の中には足場になるようなものがなく、ロープを腕と足の力を使って降りなければならない。
これが重労働だった。
もう少し鍛えようと決心する。
イエフーダは器用に降りていく。
ヨハネはもたつきながらもなんとか進む。
「もっと早く」
上からジルに催促され、上を見上げた。
まず白い足とハーフズボンが映った。
ジルはこっちを見ており、その赤い目が暗がりの中で爛々と輝く。
「努力するよ」
そう返事するのが精一杯だった。
あと少しというところで上の方から音がする。
それからすぐに支えてくれていたロープが緩む。
どうやらロープを結んだ柱がダメになったようだ。
嘘だろ、と思った瞬間足が地面に着いた。
思ったよりも近かったようだ。だが堪えられずよろけてこけた。
しかも上からジルが踏みつける。
思わず悲鳴を上げてしまった。
豚の血に濡れるし踏まれるしで散々だ。
ジルは軽快な足取りで降りていく。
「ごめん」
「いいよ。もたもたした俺が悪い」
上を見上げると瓦礫で穴が塞がっていた。
ロープも落ちてもう登れそうもない。
どうやら進むしかないようだ。
立ち上がって汚れを払い、燭台を掴んで周囲を確認する。
ここは四角い部屋になっているらしく、通路が一つだけあった。
「来いって言っているようなもんだな」
「ああ。もう行くしかない」
三人で通路を進む。途中から階段になっており、更に下っていった。
階段には虫や蛇が這いずっており、時には暗闇から這い出して驚かせる。
「小心者だな」
「慣れてないんだよ。生憎と」
しばらく進む。方向と距離を考えるとここは城の地下辺りではないだろうか。
やがて鉄の扉に辿り着いた。見る限り頑丈そうだ。
誰も入れないようにしているのか、あるいは出したくないのか。
鍵穴に試しに手に入れた鍵を差し入れてみると、鍵が開いた。
使い回しかよ。どこか間が抜けている。
三人で思いっきり押すとゆっくりとだが鉄の扉が動いていく。
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