第504話 イエフーダという男

 同行者含めて三人になったことで、思った以上に精神的に楽になった。

 なんせ一人でいた時は化け物や暗闇に怯えながらこの城を歩いていたからだ。

 隣に誰かがいるというだけでこれほど安心するとは驚いた。


 アズたちとは違い心の底から信頼できる相手ではないが、囮にしたりはしないだろう。しないよな?


「しかしお前さん一人でよく生き残ってたな。この松明だって即席にしてはいい出来じゃないか」

「好きで一人できたわけじゃない。松明は仕事で散々売ってきたからな」

「道具屋の主人だったなぁ」

「ああ。雇った子供がお前に盗みをさせられそうになった店のな」


 イエフーダは真顔でこっちを見た後大笑いした。

 おかしくてたまらないといった様子で、膝を叩く。


「おいおい。あれは俺が指示したわけじゃない。ちょっと儲かる方法を教えてその分け前を貰ってただけさ」

「善悪も分からない子供にそんなことを吹き込むお前が悪いだろ」

「善悪が分からない? 本当にそう思いますか? お前が引き取ったあのアズってガキもそう歳は変わらないが、善悪の区別はついてないと思うか?」

「それは……」


 アズは聡明な子だ。

 奴隷として買い、最初に会った時から聞き分けもよく指示をちゃんと守っていた。

 子供と一言でいっても侮っていいわけではない。


「人間ってのは身勝手でずる賢い生き物だ。だからちょっと横から口を出すだけですぐ道を踏み外すのさ」


 こいつ……。それは騙される方が悪いという理論だ。

 たしかに騙された奴はこいつの言葉に耳を貸した心の弱さが原因かもしれないが、騙した方が悪いに決まっている。


 やはり相容れない相手だと思った。


 ジルはというと、気分がいいのか鼻歌を歌いながら片手で大剣を引きずり先頭を歩いている。

 さっきのイエフーダの大笑いといい、静かにやり過ごすという考えはないようだ。

 それだけ自信があるということか。


 早速足音が聞こえてくる。

 現れたのは厨房で遭遇した恐ろしい容姿の化け物だった。

 同じ相手かは分からないが、敵意があるのは同じようだ。


 こっちを見た瞬間、襲い掛かってきた。

 ジルは一切動揺することなく、大剣を両手で握ると一息で円を描くように振った。

 大剣は切れ味が悪いのか、化け物の身体に少し食い込んだ後そのまま地面にたたきつける。


 ……その姿は潰れたカエルを思い出した。

 一撃で倒したジルは、何事もなかったかのように再び歩き始める。


 この強さならヨハネにとってはこの世の終わりかと思った相手も怖くないわけだ。

 強くなっているという話も頷ける。


 死んでしまったこの化け物はかつて人間だったという話だ。

 せめて死後の魂が安らかになるように願った。


「目的地はここだ」


 城内の地図がある広間に辿り着くと、イエフーダが王座を指さす。

 城の一番重要な場所といえばやはりここだろう。


「感謝しろよ。俺たちがあれこれ歩き回って通れるようにしたんだからよ」

「そうだぞー」

「俺より先にここにいたんだな。だがお前たちが仕事でも人助けをするとは思えないんだが」

「酷い言われようだがまぁ間違ってはない。こんなことをするより楽で簡単に稼ぐ方法はいくらでもあるからなぁ。だが俺にだって使命ってもんがあるんだぜ?」

「それはなんだ?」

「俺は神ってのが許せねぇ。創世王はその弱さゆえに外敵の太陽神に負けて律を乱した。ならばと思って太陽神を信仰したらその正体はただの侵略者ときた。知ってるか? 俺たち人間を永遠に救済すると言ってるその中身を」

「いや、詳しくは……ただ文字通りのものじゃないのは想像がつく」


 太陽神教の暗躍はこの目で見てきたし、関わった者の多くはあまり良い結末になったとは言えない。

 太陽神を模した銅像や、太陽神教の巨人などもそうだ。

 裏では孤児院を使って児童売買もしていた節がある。


「俺たちは薪だそうだ」

「薪? さっき燃やしてたような?」

「そうだ。太陽神の火を灯す燃料だとよ。太陽神の一部になることを永遠と詠っているのさ。俺が詐欺師なら太陽神はペテン師ってやつだ」

「……そんな教えがこの大陸を覆っていたのか」


 太陽神教は長年この大陸でもっとも栄えた宗教である。

 トラブルが起きた王国では禁教とされたが、帝国や他の国では未だに隆盛を誇っている。

 その宗教の中身がもし悪徳であったならば、その被害はどれほどになるだろう。

 いやもしかしたら今この瞬間にも被害は発生してるかもしれない。


「神を殺す方法を考えていた。太陽神教にバレて追放されちまったから金を稼ぎながらな。そしてジルと出会った。こいつはお前の所のアズと同じ性質がある」

「同じ性質?」

「使徒の器さ。人の身で人を超える可能性。もっともジルは精霊とは相性が悪いからな。代わりに別の物を力に代えてるんだ」


 ……壮大な話だ。

 ただイエフーダのことなので、どこまで本心を話しているのかは疑問だった。

 それらしい話をしてこっちを煙に巻くつもりなのかもしれない。


「他人事みたいな顔をしてるが、お前だって無関係じゃないんだぜ。あの司祭。エルザという女がお前の手元にある限り、太陽神教とぶつかることは避けられない。定めってやつだよ」

「たしかにエルザは太陽神教に思うところはあるようだが、俺たちはただの商人と冒険者の一団だぞ。そんな大層な話は関係ないさ」

「お前がそう思うならそうなんだろう。だが運命は得てして思うようには行かない。だろ?」


 それからは話もせず進む。

 城のあちこちには破壊された跡があった。

 ジルが通れない道を粉砕したり、戦闘をした結果のようだ。


 蝙蝠人間もジルの相手ではなかったようだ。


 そして王座の間へと続く大広間に到着する。


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