第503話 飢えた二人


 ならず者のイエフーダ。

 元太陽神教の司祭であり、悪事で生計を立てている男だ。

 ヨハネとは何度か遭遇しており、そのいずれも大変な苦労をさせられた記憶がある。

 側にいる少女はジルで、イエフーダの護衛をしている。


 その強さはアズに匹敵するほどで、不釣り合いな大きさの剣を振り回して戦う。

 引き摺るような音はジルの剣が地面に擦れる音だったようだ。


 普段なら会いたくはないが、この陰惨極まる場所で化け物と会うよりはマシかもしれない。

 ジルは指をくわえて鍋の中身をじっと見ており、チラッとこっちの様子を伺う。


「食べな」


 ジルはすぐさまフォークを鷲掴みにし、食べ始めた。


「おいジル。俺も腹減ってるんだから分けろよ」

「早い者勝ち」

「そんなこと言うなよぉ。な?」


 結局それだけでは足りず、ヨハネの食料を二人に分けることになった。

 携帯食を持ってきてよかった。


 二人は乾パンを美味しそうに頬張っている。

 イエフーダは食べ終わると、名残惜しそうに指に付いた欠片を舐める。

 相当空腹だったようだ。


「美味かったよ。ごちそーさん」

「ごちそーさん」

「そりゃよかった」

「それで、どうしてこんな所にいるんだ? ここは商人が一人で乗り込むような生易しい場所じゃないぞ」

「来たくて来たわけじゃない」


 仲良く話す間柄ではないが、人との会話に飢えていたこともあり何が起きたのかを話す。

 それにもしかしたら何か知っているかもしれない。


「帝城で寝てたら、ねぇ。はは。運がないなアンタ。巻き込まれちまったのか」

「ここはどこなんだ? あの化け物は一体……」

「落ち着けよ。焦って良いことなんかなんもない」


 身を乗り出して聞こうとしたら制止される。

 むしろこの二人が落ち着きすぎている気がする。


「ここがどこかって言うのは説明が難しいが、簡単に言えば裏側だ」

「裏側?」

「魔法ってよりはもう奇跡みたいなもんだが、本来の場所から位相をずらして別の空間を生み出してる。だから裏側」


 ヨハネにはさっぱりだった。

 ただ、やはりここは帝城ではないらしい。

 何かの力でそっくりな場所を用意したということか。


 とても信じられないが、実際に目にしている以上は信じるしかない。


「あの化け物たちはこの世界の主の眷属ってとこかな。それから表の世界から連れてこられた人間もいるが、長くここにいるとおかしくなっちまうらしい」


 噛みついてきた相手を思い出す。

 とてもまともではなかった。ここに長くいるとああなってしまうのか。

 恐ろしい。


 そしてあることに気付く。


「赤い月と行方不明者ってまさか」

「なんだ、それは知ってるのか。御名答。ここがその事件の現場だよ。普通の人間じゃ化け物に食われるか、あるいは隠れてやり過ごすうちにおかしくなっちまう」

「詳しい話が分からなかったのはここから出た人間がいないから、か」

「そういうこった。ここは人間を餌にする胃袋みたいなもんだ。太陽神と大差ない」


 イエフーダは皮肉気に笑う。

 太陽神は悪辣なのはもう分かっているが、元とはいえ司祭だったイエフーダがそう言うとは。

 太陽神教にいた頃何かを知って司祭を止めたのかもしれない。


「ここがなんなのかはとりあえず分かった。それでなんでお前たちはここに? 出る方法は知ってるのか?」

「……チッ。喋り過ぎたか」

「イエフーダ。こいつは前にも飯をくれた。その分働くべき」

「たくお前は餌付けに弱すぎる。だがまぁ、飯の分ぐらいは協力してやるか」


 以前のは食い逃げだったと思うのだが、野暮だったので言わない。

 ここを生きて出るにはこの二人の協力は必要不可欠だ。


「言ったろ。帝国には仕事しにきたって。ここの主は長年人間をさらっては糧にしてきた。その過程で財宝も蓄えてるって寸法よ」

「お宝ザクザク」

「そうは思えないが……」


 探索したかぎり、ここに金目のものはなさそうだ。


「あの化け物たちが見つける度に主の元へ運んでる。ちなみにここを出る方法はその主を退治するしかないぜ。なんせ出口なんてものはないからな」

「探しても見つからなかった。試してないのは主を倒すことだけ。お腹減って大変だった」

「小規模とはいえ世界を作ってるわけだからな。俺もいくつか手札はあるがどれも効果が薄い」

「だから腹が減ってたのか。あんた等が協力してるなら持ってる食料を提供しよう。しかしそんなことができるやつがいるとは信じられないな……ああでもエントみたいなやつなら出来ても不思議じゃないか」


 オスカー神の使徒エント。

 バラの魔女である彼女なら似たようなことは出来るかもしれない。


「おっかねぇ。あのバラ女に会ったのか、よく生きてたな。ここの主も性悪具合じゃ引けはとらねぇ。なんせ元神様だからな」

「神? 本物の?」


 創世王やオスカー、それに太陽神と同じく神がこんな場所を?


「といっても太陽神の侵略で本体は焼かれちまったがな。創世王とも対立してた神でこればっかりは良い仕事したと思うね。だが神だけに悪あがきもしぶとくてな。残滓が生き残ってずっと悪さしてたのさ。人間に紛れて人間を食って、化け物を生み出してこの世界を広げてきた」


 イエフーダはいつになく真剣な表情だった。

 それにやけに詳しい。


 エルザといい、司祭は古い歴史に詳しいのだろうか。


「ま、ジルを試すには丁度いい。あの時は小娘に負けちまったが、こいつは更に強くなったぜ」

「うちのアズだって強くなったぞ」


 イエフーダは鼻で笑う。

 とにかく、彼らと同行することになった。

 信用できる相手ではないが、それでもついて行くしかない。


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