第493話 便利に使われてるような

 カルロス……都市アクエリアスで出会った青年。

 皇帝になるから、アレクシアに付いて来てくれと言ったんだったか。

 幸いにもアレクシアはこっちを選んでくれたのだが、今思えば情熱的な誘い文句だ。


 だが、正統な後継者であるケルベス皇太子には勝てなかったのだろう。


「まぁ、それはどうでもいいの。問題はこの大変な時に使者を送らなければいけないことよ。祝辞の言葉を携えてね」

「なるほど。たしかに次の皇帝が決まったのなら必要ですね。でもそれほど問題とは思えませんが」


 ようはお土産を持っていっておめでとうと伝えるだけだ。

 これは商売同士でもやったりする。


「今この大変な時に帝国と揉めるわけにはいかないの。でもお父様……先代の王が亡くなって大忙しの外務卿はこの国から離れられないし、アナティアお姉さまも私を傍で支えてもらわなくては困る。軍務卿や内務卿は言うに及ばずよ」

「ああ、誰でもいいというわけではないと。下手な人物を送って帝国は刺激したくないということですか」


 これが政治の面倒なところだ。

 お祝いの一言を伝えに行くということだけでも、誰が行くか何を持っていくかでメッセージ性を読み取られてしまう。

 これで役職のない使者が行こうものなら王国は帝国を軽んじているだの、先の事件でとてもそんな余裕がないだのと思われてしまうわけだ。


 なんてめんどくさい。

 考えるだけで疲れそうだ。


「うん。それで、なんだけど」


 ティアニス王女はこっちを見る。

 この表情はいつもの無茶振りをするときのものだ。

 嫌な予感がしてきた。


「ヨハネ。あんたはケルベス皇太子と面識があるし、たったいま王国での立場も与えたところだわ。つまり、使者として最低限の基準は満たせたってところよ」

「いやいや、冗談でしょう? もっとふさわしい人物が……」

「いないのよ。いや本当のことを言うといるんだけど、使いたくないというか」

「ほらほら、ちゃんと言わないと分からないよ」


 アナティア嬢が含み笑いをしながらティアニス王女を促す。


「今王国内には沢山の派閥があるの。それはあんたも分かってるわよね」

「まぁ、そうですね。宰相と軍務卿も対立しているみたいですし」

「そう。そして現状のバランスは結構微妙な状態で成り立ってるわけで」


 ティアニス王女は紙を取り出すと、ペンを手に持って図を描き始めた。


「今一番大きな派閥は次期女王である私とバロバ公爵の代理としてきているアナティア姉さんの派閥。次に大きかったのは第一王女の派閥だけど、これは実質解体された」


 図の一つを×で上書きした。


「それから軍務卿を頭とした大貴族の派閥。宰相が頭の法衣貴族の派閥と続いていく」


 段々と派閥の規模は小さくなっていった。


「お父様が死んだ後に派閥はかなり動いたわ。特に軍務卿の派閥が大きくなった。それでも本来なら私たちが一番大きいんだけど、肝心のバロバ公爵はこっちに関わる暇はない。代理のアナティアお姉さまだけじゃどうしても軽く思う連中が出てくるの」

「えへへ。色々とお話してみたんだけど、やっぱり公爵であるお父様ほどの影響力はないかな」


 この混乱を機に出世や派閥の拡大を狙う連中もいるということか。

 抜け目がないというか……。


「もっと足場を固めるまでは借りを作りたくないの。これは帝国とのパイプ作りにも関わることだから、出来れば私の傘下でやりたいし」

「うっかり帝国と繋がられて反旗を翻されたら困ると」

「王朝が私の代で終わるってのはあり得ないって話じゃないのよ。軍務卿は亡くなったお兄様を次の王にする気満々だったし、そうなったら次の宰相は彼に決まったようなものだった。今から私に取り入るよりも私から奪った方が早いと考えるかもしれない」


 ティアニス王女は両手を胸の前で掴むと、小さく震える。

 どうやら疑心暗鬼になっているようだ。

 無理もない。本来ならこの年齢で王座に就くことなど予想もしていなかったはずだ。

 今味方と言えるのは自分の部下とアナティア嬢くらいのもの。

 これから王城という権力の巣窟のなかで誰が味方か敵かを手探りで探していかなければならない。


 そう思うと、目の前の少女が哀れに思えた。

 ヨハネが店を継いだ時も似たような状況だったのを覚えている。

 若造が小さくとも店を持ったことで騙そうとしてきたり、あるいは父の知り合いだと偽って金をせびりに来た者もいた。

 規模は違うものの、よく似ている。


「そういうことなら分かりました。協力しましょう」

「本当!? あとからやっぱりやめましたなんて聞かないからね!」


 パッとティアニス王女は顔を上げる。

 先ほどまでの不安そうな表情はどこかに行ってしまった。

 しまった。もしかして演技だったのか。


 やれやれ。見事に釣られてしまったようだ。


「ケルベス皇太子に渡す品物はこっちで用意するから心配しなくても平気よ。あんたはただ王国を代表して戴冠をお祝いすればいいわ」

「俺はただの商人なんですけどね」

「商人にしておくには勿体ない幸運を持ってるわ」


 嬉しくない。商人として大成したいだけなのに。

 そもそもやったことの大半はヨハネではなく、アズたちがやったことである。

 彼女たちを取りまとめる立場だからその功績もこっちにきているだけだ。

 これもある意味主人としての役目なのかもしれないと思った。


 後ろをみるとアズは誇らしそうにこっちを見ているし、エルザは微笑みを浮かべてよかったですねーなんて言ってる。

 オルレアンはクールフェイスだが、帝国に行くと聞いて少し嬉しそうだった。


 お使いだと思って、さっさと終わらせることにしよう。

 アレクシアにはなんて言おうか……。


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