第492話 王室助言人

 アズたちは掃除や洗濯の当番も全て免除して丸一日休養に当てるようにした。

 そのお陰でいくぶんか回復したように思う。

 代わりに色々とやるのは少し大変だったが、命を張っている彼女たちに比べたらこんなのは造作でもない。


 本音を言えばもう数日ほどゆっくりしたいのだが、ティアニス王女からの呼び出しがあるのでそうもいかない。


 着替えて背中を伸ばすと骨が鳴る音がした。

 肩もずいぶん凝っている。


「アズとオルレアン。それからエルザに来てもらう。ローテーションで二人は休んでてくれ」

「はーい」

「そっちは任せたわ」


 フィンとアレクシアは留守番だ。

 ティアニス王女が出自も気にしなくてもいいと言ってくれたので、王城に連れて行っても問題なくなった。

 ただ休養は必要で、その証拠に二人ともだらけきっている。

 休む時には休む。これも大切なことだ。


 お土産にカソッドの菓子職人からクリームパイを購入した。

 最近女性を中心に流行っているらしいので、いいチョイスだと思う。


 ポータルを経由して王都へ到着した。

 降り注ぐ魔法の影響で街にも被害が出ているが、人通りは多い。

 中には店が壊れていてもその店の前で商品を売っている人たちもいる。

 商魂たくましい……でも気持ちは分かる。同じ状況になったらきっとそうする。


 石畳は応急処置されていて、馬車も移動できるようになっていた。

 この活気があればなにがあっても大丈夫だと思える。

 例え王が死んで幼い少女がそれを引き継いだとしても、だ。


 道中で情報収集した感じ、王都の人たちはまだ王の死を知らない。

 王国軍は初動こそ遅れたものの、きちんと仕事は成し遂げたから疑問に思う人は少ないのかも。

 ただ王城は被害にあったのでそれを心配する声は多かった。


 門番にティアニス王女から貰った印を見せて入れてもらう。

 最初はびくびくしていたが、もう慣れたものだ。

 王城に出入りが許された商人というブランドを手に入れた。

 まぁ、実力というよりは色々なことが重なったから商人として呼ばれているわけではないのだが、外から見ればそんなことは分からない。


 通されたのは王城内に新しく設けられたティアニス王女の部屋だった。

 別館は被害が大きくとても使える状態ではないし、暫定的とはいえ王権を持つ人間が王城に部屋を持たないというのは問題があるのだろう。


 部屋の中ではティアニス王女とアナティア嬢がソファーに座っていた。

 ただし、ティアニス王女は完全に疲れ切っていて座るというよりはもたれ掛かっていると言った方がいい。


「よく来たわね……お茶を出させるから座りなさい」

「ヨハネさん、いらっしゃーい」

「二人ともお疲れの様で」


 アナティア嬢は表面上は元気だが、やはり疲れが見える。

 元気そうに振舞っているだけだろう。言われた通り席に座る。

 アズたちは後ろで立ってもらう。

 すぐに紅茶が用意された。


「あ、分かる? よく見てるね」

「疲れた。王様の仕事ってこんなに面倒で地味だとは。ひたすら報告を聞いて要望も聞いて、一番無難な判断をする。しかも利益だけじゃなくて判断した結果の感情まで考えないと……めんどくさいよー」

「お父様とやってることは変わらないね。規模は違うけど」


 ふふ、とアナティア嬢は笑う。


 お土産のクリームパイを机の上に置くと、その甘い匂いにティアニス王女は反応した。

 まずメイドが毒がないかを魔法で検査する。

 それから切り分けて皿に並べられた。


「ここにいるのは信頼できる者だけだから、そんなに身構えなくてもいいわよ。ちなみにカノンは無理やりこようとしたから抑えつけて休ませてるわ」

「ああ、それは想像できますね」


 私は平気だ、王女殿下の元へ行かせろ! と言っていたそうだ。

 こっちの都合も考えず、デリカシーのない人物ではあったが忠誠心は本物だったな。

 無能ではあっても傍に置く理由は分かった気がする。


 クリームパイは二人とも気に入ってくれたようで、二箱持ってきたのだがあっという間に空になった。


「頭を使うから甘いものが欲しくなるの。はー美味しかった」

「今の地位なら城のシェフにでも作って貰えばいいのでは?」

「彼らには彼らの仕事があるの。私欲で邪魔できないわよ。特に今は避難してきた人たちの食事も用意しているし」


 多くの人は騒ぎが収まったら家に戻ったが、今も一部の人たちは王城に避難している。仮設住宅の用意が終わるまでは続くらしい。

 最初に出会った頃よりもずっと大人の考えが出来るようになったなと感心した。

 もっと我儘な記憶があったのだが。


 アナティア嬢がいるのが大きいのかもしれない。


「ご馳走様ヨハネさん。今度何かお礼しますね」

「いえ、大変お世話になってるのでお気になさらず」


 公爵家には儲けさせてもらってるのでこの程度のことはいくらでもする。

 ちなみにアズとオルレアンの視線がクリームパイに向いていたのはなんとなく分かった。

 これが終わったら買って帰ろう。

 アズたちにも労いは必要だ。


「それで、私たちは何の用で呼ばれたんでしょうか?」

「ん。とりあえず今任せている仕事は引き続きやってちょうだい。その報告も私でいいわ」

「分かりました」

「それで、正式に戴冠式が決まった」

「おめでとうございます。ティアニス女王陛下」


 立ち上がり、ティアニス王女へ頭を下げる。

 アズたちもそれに倣った。

 深くお辞儀したのち、またソファーに座る。


「ありがとう。まあまだ女王ではないけどね……。お姉さまは今回のことでちょっと精神的に不安定になっちゃって。継承権を破棄して静養のために王国の直轄領へ移送することになったの」

「荒事には向いてない子だったからねぇ。王位を継ぐ気は無かっただろうし」

「そうですか」


 第一王女とは会ったこともないので何とも言えない。


「私が女王になったら会うのが難しくなるんだけど、頼りにはなっても正直信用できる人間は多くはないの。だからあんたを王室の助言人として推薦するわ。いいわよね?」

「光栄です」


 文字通り王室御用達という立場だ。

 正直ヨハネの立場では妬みや陰口が凄そうだが、直接つながりがあると分かれば直接なにかはされないだろう。


「おめでとう、ヨハネさん。私からも推薦しておいたから」

「アナティア様もありがとうございます」

「様はいらないのにー」

「いえ、立場がありますので」


 今はバロバ公爵の代理として王国にいるのだから尚更だ。


「定期的に王城に来てもらって、報告やら相談が主ね。これからはちゃんと報酬も出すわ」

「なるほど。でしたら商人ギルドで色々と情報を集めておきます」

「うん。そういうの期待してる。あとは……アーサルムのことかな。あの魔法は結局詳細は分からなかったけど、王国へ宣戦布告してきた太陽神教と考えるのが妥当ね。バロバ公爵は軍の出動を決定したわ。王国はそれを支持して援軍を出す形になる」


 ……ついにか。

 そうなるかもとは思ったが、本当に戦争が始まる。

 この情報を使えば多分莫大な儲けが手に入るのだが、助言人という立場になるなら派手なことはできないな。

 首輪付きとはこういう立場か。


「太陽神教は得体が知れない。アーサルムの軍隊が如何に精強とはいえ本当は援軍じゃなくて王国軍本体も動かしたいんだけど、そうもいかないのよね。帝国の帝位争いが終わったから」

「ケルベス皇太子ですか」

「そうよ。ほぼ同時に代替わりなんて驚きよね。最後の抵抗勢力……誰だったかしら」

「カルロスじゃなかった?」

「そうそう。幼い皇子を擁立して他の勢力や地方をまとめ上げて、一時は大勢力にもなったんだけど勝ったのはケルベスの方だった」


 カルロス……どこかで聞いたような気がする。

 エルザがそっと耳に口を近づけてきた。

 吐息がこそばゆい。


「アレクシアちゃんの元婚約者ですよ」

「ああ、いたな。そういえば皇帝になると言っていた気がする」


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