第491話 猫の手亭特製弁当
「オーナーも大変だったんだねー。王都はそんなことになってたんだ。こっちはそれほど騒ぎにはならなかったんだけど」
鍋を振るう音と、油で食材を炒める音が聞こえる。
カウンター越しにカズサが料理をしながら話し相手をしてくれていた。
これまであったことをかいつまんで伝えると、労ってくれる。
ちなみに今は朝の営業が終わって昼の準備中の時間だ。
なので他に客は居ない。
というか開いている時間帯は常に客で一杯なので、こうして座って食べるのは無理だ。
「ああ全くだ。あっちこっち行くことになって大変だよ。カソッドまでどうにかなってたら心労で倒れる」
「でも商売は上手くいってるんでしょ? ならよかったじゃない」
「まあそうなんだが」
「今の私はこうしてご飯を作ることしかできないけどさ。たくさん食べてってよ」
カズサは調理を終えると深皿に完成した料理を盛り付け、そこに乾燥させたバジルを散らす。
「はい。焼きめし羊の煮込み乗せだよ」
「お、美味そうだな」
出された料理を早速一口食べる。調味料に漬け込んだ羊の肉は柔らかく味がよく染みていた。
焼きめしも香ばしくて食欲が増す。
家で作るのが面倒だったから猫の手亭に来て正解だった。
「新作で出そうと思うんだけど、どうかな?」
「美味いよ。これならリピーター間違いなしだな」
「そうかなぁ? えへへ」
褒めると素直にカズサが照れた。
宿のついでで始まった軽食サービスはカズサの肝いりとなっており、規模も大きくなっている。
それにカズサの料理の腕も上がっており、ちょっとした店レベルの食事と言ってもいい。
料理が趣味のヨハネも絶賛するほどだ。
やはり仕事で日常的にやっていると成長速度も速い。
王城から帰る許可が出た後、馬車を回収するためにポータルでアーサルムへ移動した。
それから王都を経由してカソッドにようやく戻ってきたのだが、溜まった疲労に加えて連続でポータルを使用したせいで一日寝たくらいでは疲労が抜けない。
オルレアンとヨハネはそれでもマシな方で、アズたち冒険者組はいまだに熟睡している。
「お肉が口の中でとけていきます……こんなに美味しいものを私が食べてもいいのでしょうか」
「あはは、オルちゃん面白いこと言うね。褒めてくれたからサービスしちゃうよー」
「ありがとうございます」
オルレアンの言葉に気を良くしたカズサはもう一皿出してくれた。
コーンの天ぷらだ。
カラッと揚がっており、添えられた塩をつけて食べると甘みが際立って美味しい。
「弟が好きでよく作ってたんだけど、試しに店で出したらこれも評判良くてさ。今年はコーンが豊作で安く手に入るからコーン油も安くて二度おいしいってね」
「安くて旬の食材を使うのは鉄板だが、やっぱりお前に任せて正解だったよ」
カズサは本当によくやってくれている。
宿の収支はもう黒字化しており、ヨハネの店ほどではないが稼いでくれている。
改装費などを安く抑えたのもあって借金しなくてすんだのも大きい。
婆さんから宿を買い取った時はどうやって回収しようか悩んだものだが……。
宿をそのまま買い取ると飲食店の営業許可書も一緒に付いてくるのは嬉しい誤算だった。
カズサが簡単な講習を受けるだけでこうして軽食でも稼げるのだから。
しばらくオルレアンと一緒に食事に集中する。
火の精霊がこっそりとコーンの天ぷらを分けてもらっているのを見た。
食べれるのかお前……。
「じゃあこれアズたちの分のお弁当ね」
「ありがとう、助かるよ。疲れた時に飯を作るのは億劫でな」
「こっちも売り上げになるから全然問題なし。毎度あり!」
カズサにはアズたちの弁当も作って貰った。
中身はさっき食べたものと同じだ。
食べ終わったら代金を支払い、オルレアンと手分けして弁当を持って帰る。
カズサに金を払っても結局こっちに戻ってくるのだが、売り上げの数字は増えるので気にしてはいけない。
それに一部はカズサの取り分になるから問題なし。
ちなみにこの弁当もカズサの発案だ。
最初はサンドイッチのように手が汚れず持って帰れる軽食がメインだったのだが、労働者たちがガッツリ食べたいという需要を聞きつけると使い捨ての容器を職人ギルドと共に開発。
ボリュームのある弁当を実現していまや一番の売れ線だという。
食事の為だけに宿に泊まる客もいるらしく、知る人ぞ知る店になってきているようだ。
家に戻って机に弁当を置く。
すると、シャワーを浴びてきたのか髪がまだ濡れているフィンが顔を出してきた。
格好は薄着だが、注意するほどではないか。
「どこ行ってたのかと思ったら、ご飯の用意してたのね。やるじゃん」
「他の三人は?」
「まだ寝てるわよ。それじゃ先に食べよっと」
「じゃあ起こしに行ってくるか。オルレアンは休んでていいぞ」
「えと、ではお茶だけ用意して休ませてもらいます」
オルレアンの部屋はまだない。
次に拡張した時は家にも手を入れて部屋を増築しないといかんな。
猫の手亭の人手は足りているようだし、オルレアンも落ち着かないだろう。
アズたちの部屋に行くと、二度ほどノックをして扉を開ける。
部屋の中では三人とも眠っていた。
長時間寝ているからか毛布が落ちて下着姿が露わになっている。
寝相もアズ以外は悪い。
「飯の時間だぞー。起きろー」
ヨハネは手を叩いて三人に呼びかける。
寝かせておいてやりたい気持ちもあるが、一度腹に何か入れた方がいいだろう。
もそもそと起きてきた。
欠伸をしてまぶたをこすりながらこっちを見る。
「弁当が冷える前に降りて来いよ。めちゃくちゃ美味かったからな」
「ふぁい」
寝惚けた返事が帰ってきた。
扉を閉めるとバタバタと音が聞こえてきたのでそのうち降りてくるはずだ。
下に降りるとフィンはもう食事を済ませて体のストレッチをしていた。
オルレアンからお茶を受け取ると、一口飲む。
熱い液体が喉を通過していった。
道具袋を取り出して、あるものを取り出す。
金色の果実。世界樹の実だ。
もしかしたらこれを使えば王様は死ななかったのではないだろうか。
だが顔を合わせた時点で風前の灯だった。結果は分からない。
ティアニス王女もアナティア嬢もこれのことを知らなかったが、もし知っていれば使うように言ってきたと思う。
これがあることを思い出したのは王様が死んだあとなんだよな……。
惜しむつもりはないが、いざという時に使えないのでは困る。
せめてうちの誰かが必要になったら躊躇わずに使うように自然に決めておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます