第477話 駆け巡る熱

 アレクシアが気絶するのを見届けたアズが最初に感じたのは、熱だった。

 最初は右目が焼けるように熱く、続けてそれが頭の中へと伝わっていく。

 やがて激痛に変わるのにそう時間はかからなかった。


「――――!!」


 声にならない悲鳴が響く。

 蔓から落下して受け身も取れず地面に叩きつけられたが、右目の痛みと燃える感覚でそれどころではなかった。

 熱が頭の中で暴れる感覚は今まで味わったどの痛みとも違う。


 両手で右目を必死に押さえて、ただひたすらうずくまることしかできない。


「アズちゃん、痛いよね。馴染むまでもう少しだけ我慢して」


 いつの間にか傍にやってきたエルザが座り、アズの頭を膝にのせて癒しの奇跡を行う。

 そうするとほんの少しだけマシになった気がした。

 頭が圧迫されて割れるようだ。


「うぅぅ」


 重傷の怪我でも治療できる癒しの奇跡だが、今のアズにとっては焼け石に水だった。

 当然だ。

 痛みの原因は今もアズの右目にあるのだから。


 普通の人間ならば体の内側から破裂してもおかしくない状態だ。

 水の精霊の魔力と火の精霊の魔力がせめぎ合い、アズの器としての機能を強引に拡張している。

 それでも耐えられているのは、使徒ユースティティアから力を継承しているからにすぎない。


 痛みでアズの身体が大きく跳ねたあと、動かなくなった。

 エルザはそんなアズに引き続き治療を行う。


 そんな二人にエントはゆっくりと近づいていった。

 右手の人差し指を立てると、尖った鋭い蔓へと変化する。

 その蔓でエルザの左肩を刺した。


 だがエルザは意に介さず治療を止めなかった。

 エントは蔓を引き抜くと、滴る血を舐め取る。


「呆れた。もう碌に力が残ってないじゃないの。そんな状態になってまでまだ諦めてないのね」

「当然ですよ、エント。私が諦めたら誰があの太陽神を止めるんですか。バルバトスは魔物の大穴を食い止めるために動けず、他の神は既にこの世界から去ってしまった」

「そうね。オスカーだって、本体はこの塔にはもういないし」

「でしょうね。それでも塔を通じて姿を見せてくれただけでも……」


 エルザの左肩から血が流れ、床に広がっていく。

 出血量は相当なものだが、それでもアズを優先した。


「オスカーが何を考えて塔を下ろしたのかは知らない。言っておくけど、私を倒せないならオスカーには会わせないわよ。そういう縛りで強引に成立させたんだから。軍隊が登ってきた時はどうしようかと思ったけど」

「そう、ですね。私たちだけになってからは明らかに誘導されましたし」


 血を失って体力を失っているのか、エルザの呼吸が少しずつ荒くなっていった。


「ほとんど人間の身体じゃない。権能も残ってないのか。……文字通りその後継者の子が最後の望みってわけ?」

「偶然ですけどね。この子とユースティティアが出会ったのも、こうして一緒に居るのも」


 エントは口を開き、更になにかを言おうとしたがその前にアズが目を覚ました。

 しかし目の焦点は合っておらず、正気はまだ戻っていない。


 それでも立ち上がる。

 すぐにでも倒れそうなほどふらついていたが、右目だけが爛々と赤く輝いていた。

 まるで燃え盛る火のように。


 剣を天高く振り上げる。

 すると周囲の魔力が根こそぎアズへと集まっていく。

 封剣グルンガウスの剣身が熱で赤くなり蜃気楼が発生しはじめた。


「精霊二体分の魔力を己のうちに収めたか。なるほど候補としての適性がある」


 エントは剣を召喚して構えもせずアズの用意が終わるのを待つ。


 アズはその場で剣を振り下ろす。

 ありったけの魔力が衝撃波となり、斬撃として放たれた。

 同時にアズの意識は再び失われて倒れる。

 顔から床に落ちそうになったが、エルザは抱きとめた。


 エントはその斬撃を剣で正面から受ける。

 この斬撃には封剣グルンガウスの効果は発動していない。

 純粋な魔力と力による一撃だった。

 巨大な蔓の壁などもはや障害にもならない。


 受け止めきれず両足が押されていく。

 剣にひびが入ったと思った瞬間砕け散り、アズの斬撃がエントへと衝突した。


 勢いはそれだけに留まらず、壁際まで叩きつけた上で分厚い塔の壁を破壊して穴をあけた。

 エントは外に投げ出されなかったものの、胸に大きな傷を受けて倒れている。

 起き上がる気配もない。


 少しすると、天井に白い花が咲く。

 すぐに散ったかと思うと、その花が散らばってあっという間にフロアを満たした。

 赤い痣に侵されたヨハネやアレクシアたちがその花に触れると赤い痣が消えていき、苦しそうな顔色が回復していくのが見えた。


「痛いわ。本当に痛い」


 エントが立ち上がる。

 傷は残ったままだが、蔓を使って破れたドレスを補強した。

 乱れた髪に手を入れて撫でつけるようにして直す。


「戦闘型の使徒じゃないのに、全く人使いが荒いんだから。せっかく育てたバラ園もめちゃくちゃになったし」

「それはご愁傷様です。その割には結構本気だったように見えましたけど」

「人間と遊ぶ機会なんて久しぶりだったし。しんどいなら喋らなくてもいいわよ。ちゃんとオスカーの所へ連れて行ってあげる。他の人間は治療が必要だから会うのはあんただけでいいわよね?」


 エントは答えを待ったが、エルザが気絶しているのを見てため息をつく。

 それから戦闘の跡を確認するとほほを爪で掻いた。


「派手にやり過ぎたかしら」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る