第476話 器を満たす二つ目のエレメント
突っ込んだアズの斬撃がエントに到達する。
エントは両手で握った剣で防いだが、凄まじい加速をそのまま活かした一撃で大きく後ろへと後退した。
封剣グルンガウスの効果で剣は斬ったものの、エント本体には回避される。
アズは着地すると、コマのようにその場で何度も回転し勢いをつけて追撃した。
使徒の力に加えて遠心力により強化された斬撃はエントの防御をものともしない。
蔓の壁ごとエントの左腕を斬り飛ばした。
しかし反撃で腹を蹴られる。
咄嗟に力を入れたが、内臓をえぐられるような衝撃を受けて膝をつきそうになった。
だが、こらえる。
今は時間が惜しい。
すでにエントの左腕は再生が始まっていた。
僅かな時間で振出しに戻ってしまうので、畳み掛けなければならない。
エルザもメイスで攻撃して再生を妨害してくれている。
すぐに再び駆け出し、エルザに当たらないように呼吸を合わせて剣を振るう。
焦りを感じつつも、頭は冷静に状況を捉えていた。
消耗は激しいが使徒の力を全開にすればダメージは与えられる。
問題はどこまでダメージを与えても効果が薄いことだ。
バラの魔女の名の通り、バラが常にエントを回復させてしまう。
首だけは防御が固いので斬れば効果があると思うが、それだけでは恐らく倒せない。
いっそ全身を細かく切り刻めば良いのだろうか?
アレクシアのように火の魔法が使えればと思ったが、出来ないものはどうしようもない。
心臓が脈打ち、肺が必死に空気を取り込む。
使徒の力は負担が大きい。
冒険者として経験を積む過程でだいぶ慣れて、全力で動けるようになったがすさまじい勢いで体力が消耗していく。
エルザがエントに吹き飛ばされ、一対一になる。
「……大したことないわ。器もそれほど満たされてないようだし。特質を持たない使徒ってこの程度なのね」
「まだ終わってません」
「こうして対峙してるだけで息が切れそうになってるのに? ユースティティアも酷なことをする。過ぎた力は身を滅ぼすだけなのに」
呼吸を整えて少しでも体力の消耗を抑えながらエントを睨む。
もう左腕は元に戻っていた。
この力は偶然……不可抗力で受け取ったものだ。
使うのはとても疲れるし、つらい。
だが要らないと思ったことなど一度もない。
この力があったからこそ、主人を助けることができた。
役に立つ人間になれたと思えたのだから。
……これほど長く使徒の力を全開にしたことはなかった。
普段使っていない筋肉を動かすと痛みを感じるのと同じように、無理やりに拡張されているような感覚があった。
器が広がるような不思議な感覚だ。
だがそれを満たすにはどうすればいいのか分からない。
今は少しでも長く維持するのが精一杯だ。
次で決める。灰王の構えで剣先をエントへと向けた。
「ユースティティアの力を引き継いで、灰王の剣を使うか。偶然だとしたらちょっと出来すぎよ」
エントは両手に剣を構えてこっちを睨んだ。
エルザの祝福を感じる。どうやら吹き飛ばされた後遠くから援護してくれたらしい。
まず狙うのは両腕。そして首だ。
息を吐く。
肺の中の空気をすべて吐き出し、走った。
フィンに習った高速移動で背後に回り込む。
勢いが強すぎて制御には苦労した。無理やり止まったせいで足の筋肉が悲鳴を上げている。だがその甲斐あってエントが振り向く前に移動できた。
首を狙える状態だったが、防がれたら次は無い。
まずエントの右腕を下から斬り上げて、すぐに左腕へと振り下ろす。
エントの両腕が宙に舞った。
全力で剣を横薙ぎに振るう。
恐ろしく硬い鉱石のような手応えで、両手が反動で痺れて危うく剣を落とすところだった。
もし他の剣だったなら、傷を付けるのが精一杯だっただろう。
封剣グルンガウスの効果が発動し、エントの硬い首を切断した。
長い髪を振り回しながらエントの首が地面に落ち、転がっていく。
勝った、と思った。
今まで首を落としてなんともなかった相手はいない。
生命力あふれる魔物ですらそうだった。
倒せば呪いは解除されると言っていたので、すぐにでもヨハネの顔を見ようと背を向ける。
足には激痛が走ったが、引き摺ってでも移動しようとした。
「若い子って本当に素直なのね。分かりやすい弱点に食いつくんだから」
足が止まる。
全身に冷たい汗が流れたのを感じてしまう。
背後ではなにやら蠢く音が聞こえてきた。
「アズちゃん、危ない!」
エルザの声が聞こえた瞬間、身体が何かに掴まれた。
そのまま持ち上げられる。
何事かとなんとか捩じって顔をエントへと向けると、そこには少女が居た。
エントをそのまま幼くしたような容姿をしており、全身血塗れだった。
そして空っぽになった胴体が開いている。
斬った両腕から巨大な蔓が生えており、それがアズを掴んでいるものの正体。だ
エントの体内から少女が出てきた……としか見えない。
「知ってる? バラは早咲きが最も美しいの。この姿になるまで追い詰めたのは褒めてあげる。その剣込みなら、使徒に準ずる力にいつか届くかもしれない」
やはりエントだったようだ。
ようやく斬り落とした首を踏み潰し、アズを見ている。
その顔は嘲りの笑みが浮かんでいた。
全力を出させた上で蹂躙しようという考えが透けて見える。
蔓の束縛から逃れようとしたが、完全に固定されており身動ぎもできない。
いや、それどころか握りつぶそうとしている。
今はなんとか使徒の力で防げているだけだ。
使徒の力が解けた瞬間どうなるか考えたくもない。
「少し、挑むのが早かったわね。神の塔に挑むなんて無謀だったのよ」
エントの声を聞きながらも、アズが考えていたのは倒れているヨハネたちのことだった。
ここで負けたら皆はどうなるのか。
その一心が、限界のはずの身体に力を込めさせる。
それはほんの少しの時間稼ぎだった。
「アズ……」
小さな声が聞こえる。
アレクシアが戦斧にもたれかかって無理やり起き上がっていた。
顔色は真っ青で今にも倒れそうな弱々しさだったが、それでも目はいつも通り強い意志を感じさせる。
「これを使って」
アレクシアはブローチを掴んで外すと、アズへと投げる。
それから最後の力を振り絞って火の魔法を放ち、そのまま倒れ込んだ。
火の魔法はアズを掴んでいた蔓を焼き、拘束が緩まる。
蔓から這い出て、火のブローチを受け取った。
これは灰王が太陽神の使徒を倒した際に貰ったものだ。
使い道がなかったのでアレクシアに渡っていた。
ブローチの中には火の精霊が宿っているのが見えた。
その精霊がアズの右目へと入り込む。
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