第475話 選別

 アレクシアの手から離れた火の槍は瞬時に加速し、一直線にエントへと向かう。

 エントはフィンから火の槍へと向き直り、火の槍へと剣を向ける。


 エントの剣はバラへと変化すると一気に成長して火の槍を包み込んだ。

 だが、その程度では止まらない。

 分厚い幹を貫きながらエントの胸へと突き刺さった。


 勢いはそれだけに留まらず、そのまま壁へと縫い付ける。

 アレクシアはそれを確認すると、右手を閉じた。


 それが合図となり、火の槍は弾けて業火の如く一気にエントの全身を焼く。

 凄まじい火力は周囲の植物にも届き、植物の楽園は火に包まれていく。


 フィンは残った爆薬の球を右手で転がしながらアレクシアの隣へと移動する。


「やったと思う?」

「どうかしらね。今の魔法は威力も火力も最大に近いから、そうでないと困るんだけど……」

「竜にだって通用しそうな一撃だったけど」


 足音がした。

 ハイヒールで硬い地面を歩くような音だ。


 すぐに会話を打ちきり、未だに燃えている火へと視線を向ける。

 火の中から人影が現れた。

 腹に大穴を開けたエントだ。


 左腕も千切れかかっており、相当なダメージを受けたのが分かる。

 だが、それでも顔には笑みが浮かんでいた。


「木生火。木は火を生むという性質上、どうしても相性が悪いのよね。本来なら相手にもならない力の差があるのにこの有様」


 エントはぶら下がった左腕を千切ると、投げ捨てる。

 動きは精細さを欠いており、火の影響か再生も始まらない。


 フィンとアレクシアはアイコンタクトをし、再びエントへと走った。

 今度は蔓に阻まれることもなく、フィンの短剣とアレクシアの戦斧がエントへと届いた。


 エントは口から血を吐き出すと、体勢を崩す。

 首と心臓が同時に攻撃を受けた。

 これで終わりと思いきや、倒れ込んだエントがアレクシアの肩を右手で掴む。


 それは瀕死の者とは思えぬ力強さだ。

 嫌な予感がしたアレクシアは戦斧を手放し、両手で手を剥がそうとするがビクともしない。


「本当はもっと早く終わらせられたのだけど、それをするとオスカーに苦言を呈されるのよね。せっかく試練を乗り越えた戦士に対して敬意が足りないって。だから良い感じに付き合ってあげたわ」

「……貴女、なにを言って」

「見せ場も作ってあげたし、使徒に勝てそうだったっていう興奮も得られたでしょう? もう十分よね」


 エントの穴の開いた腹から、赤い霧のようなものが溢れる。

 近くにいたフィンとアレクシアはあっという間にその霧に飲み込まれてしまった。


 膨張するかのように膨れ上がり、ヨハネとオルレアンの居た場所もすぐに見えなくなる。

 咄嗟にヨハネはオルレアンを庇ったのがアズから見えた。


 最後にアズとエルザにまで到達する。

 アズは咄嗟に息を止め、両手を顔の前で交差させて少しでも備えようとした。

 赤い霧はアズを通り過ぎ、少しするとまたエントへと戻っていく。


「――?」


 肌に触れる感覚で霧が消えたのが分かった。

 だが、なんともない。

 アズは不思議そうに眼を開けると、そこには傷一つないエントが立っていた。

 ドレスは破けて肌が露出しているものの、そこには火傷の痕もない。

 完全に回復していた。


 今のは攻撃ではなく、回復のスキルかなにかだったのだろうか?

 そう思って周囲を見るとエルザを除いて倒れ込んでいた。

 起き上がる様子もない。


 すぐにヨハネの元へ行き、様子を見るために顔を確認した。

 すると弱々しくはあるが息はしていたのを確認しホッとする。

 ただし、赤い痣のようなものがいたる所に現れていた。


 オルレアンも同様だ。


 ここからは見えないが、フィンとアレクシアも動かないところを見ると同じ症状の可能性は高い。


(なんで私とエルザさんだけ? 離れていたから?)


 赤い霧に触れたのに影響が無かったことを不思議に思いつつ、剣を構える。

 戦いはまだ終わっていない。


 エントは蔓を召喚すると自らの身体に巻き付けて変化させ、再びドレスを纏った。

 それから口に手を添え、魔法の影響で燃えている火に向かって息を吹きかける。

 永遠に燃え続けると思われたアレクシアの魔法の火があっという間に消え去っていく。


 鎮火するのにそう時間はかからなかった。


 アズは自分の口にポーションや解毒剤を含ませ、ヨハネに口移しで飲ませる。

 だが、息苦しく呼吸しており効果はなかった。


「エルザさん! 今のは一体なんですか。ご主人様やオルレアンちゃんに変な痣が……。薬を飲ませても効果がないんです」

「毒だわ。それもバラの魔女が作った特別製のね。ゆっくりと体を蝕んで死に至らせる。人間じゃどうやっても解毒できない」

「そんな! 私はなんともないのになんで」

「それは……」

「人間にしか効かない毒だから」


 焦るアズに向かってゆっくりとエントが歩いてくる。

 場違いなほどに優雅に。


「今どきの人間も結構強いのね。それじゃあ本番を始めましょうか? でも私ダラダラ戦うのは好きじゃないの。だから時間制限を掛けさせてもらったわ。時間内に私を倒せたら解毒剤をあげる」

「……」


 アズはヨハネをそっと寝かすと、ゆらりと立ち上がった。

 そして顔を上げる。


 アズの右目の色彩は今までになく強く輝いていた。


「貴女に勝てばいいんですね? なら、早くしましょう。ご主人様が苦しんでます」

「そうね。始めましょうか」


 エントが再び剣を作り出し、構えた瞬間アズが屈んだ。

 全身のバネを使い、跳ねるようにして移動した。

 凄まじい力で踏み込んだ石英が、爆発でも受けたかのように粉々に砕け散る。


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