第474話 異常な強さ
「痛っ」
足を掴まれたアズはその痛みに顔をしかめる。
まるで万力で締め上げられたような痛みだった。
くの字に折れて下を向いていたエントは顔を上げると、アズを見て笑う。
そのまま思いっきり振りかぶり、アズの身体が浮く。
あまりの勢いに服がめくれ上がって髪が乱れた。
ただ振り上げられただけではない。エントの腕がバラの幹に変化して伸びているのだ。
ぞくりとアズは背筋に虫が這うような感触を感じる。
冒険者としての勘が、この勢いのまま地面に叩きつけられたら死ぬと判断した。
風圧と勢いで視点が目まぐるしく変化したが、それでも両手で剣を握り掴んでいるエントの腕へ向かって勢いよく下ろす。
腕だけではたいして力が込められなかったが、魔力をその分注ぎ込んだ。
さっきは回避されたが、掴んだままなら避けられる心配はない。
剣がエントのドレスに触れ、その堅さに一瞬だけ止まる。
後押しするように封剣グルンガウスの効果が発動し、魔力を消費してエントの腕を斬った。
鮮血が勢いよく飛び散る。
勢いよく放り投げられたアズは弧を描きながら空を飛び、身体を一回転させて着地した。
アズの足には斬り落としたエントの手がくっついたままだ。
苦労して指を押し開いて外すことができた。
掴まれていた場所には手の痕がくっきりと痣になっている。
手はそのまま干からびて消えてしまった。
「危ないのは分かってたのに咄嗟に掴んじゃったわ。失敗ね」
「まだやりますか? 左手を失ったんですからこの位で……」
「ふふ。可愛いこと言うのね。言っておくけど、私くらいになると四肢を失ったくらいじゃ大した影響はないのよ」
エントはそう言って手を失った腕を持ち上げる。
ピタッと出血が止まると、傷口に蔓が巻き付いていきやがて新しい手になってしまった。
あの蔓は防御だけではなく、回復にも使用できるようだ。
「なんてインチキ!」
アレクシアの抗議の声をエントは優雅に聞き流す。
ようやくダメージが与えられたと思ったのに、振り出しに戻った。
手を斬り落としてもなんともないとなると首を刎ねるか、完全に制圧して動きを止めるかしかない。
そして相手は手加減できる相手ではなかった。
そんなことを考えていたら命を落とすだろう。
アズたちが武器を構えて再び機会を伺う。
しかし下手に攻撃すると、ほぼノーリスクで四肢の一つと引き換えに反撃されてしまいそれだけで倒されてしまう。
物理でも魔法でも倒すのが難しい。
カタコンベで出会った太陽神の使徒も恐ろしかったが、今なら倒すことは出来ると思う。
しかしエントを相手に勝つイメージが思い浮かばなかった。
足が止まってしまう。
そこをエントは狙ってきた。
剣の一撃はあまりにも重い。
使徒の力を開放したアズでもまともに受けると体勢が崩れてしまう。
なんとか三度弾いたところで、剣ごと腕を大きく弾かれてしまった。
灰王の構えへと戻そうとするが、エントの剣の方が早い。
エントの美しい笑みがアズの目に大きく映る。
アズは咄嗟にどうするか考えた。
取れる手段は少ない。せめて臓器にダメージが行かない場所に攻撃をと思った瞬間右目に反応を感じる。
水の精霊が力を貸してくれた。
水で作られた盾が幾重も重なり、エントの剣を防ぐ。
それでも勢いは殺しきれず、当たった腹に強烈な衝撃が来てアズは膝をついた。
しかしすぐに剣を杖にしてなんとか立ち上がる。
「水の精霊とは仲良くしてるみたいね。私としては仲良くしたいところだけど……貴女を殺して引き剥がしてあげようかしら」
「私はこんなところで死ぬつもりはありません」
アズは灰王の構えをとる。
エントの尋常ではない力に対抗できたのは、使徒の力と真似た灰王の剣技があったからこそだ。
水の精霊の反応が強くなり、使徒の力もより引き出せるようになった。
それでもまだ足りないが、やるしかない。
だがアズたちは距離を詰めずに後ろへと下がった。
エントがなにかを感じ取り、アズから視線を外して背後を見る。
その直後に爆発した。
吹き飛ばされたフィンが戻って来て爆薬を投げつけているのだ。
爆薬には鉄の細かな破片が練り込まれており、爆発する度に弾け飛んでばら撒かれている。
生物相手には凶悪な効果を誇る工夫だったが、エント相手には効果が薄い。
蔓の壁が殆ど受け止めてしまっていた。
「真っ黒なおチビちゃん。今のところ一番怖くないのは貴女よ」
「煩い! 言われなくても分かってるわ」
フィンの持つ戦闘スキルは対人に特化している。
それも奇襲による短期決戦に偏っていた。
魔物や魔物を多く狩って力を得た冒険者を相手にすることは想定していない。
それでも技術を流用したり、武器を工夫することで皆の足を引っ張らないように工夫を凝らしてきた。
しかし遂にそれでもどうにもならない相手が現れてしまったのだ。
それでもまだ切り札がある。
新たに編み出した超加速による一撃はエントにも届くだろう。
だがあれは足への負担が大きく、一度使うとしばらく動けなくなる。
ここぞで使う必要があった。
だからこうして足止めに徹しているのだ。
蔓の壁はフィンの爆薬にかかりきりになっている。
なのでアレクシアの魔法に関しては無防備だ。
下がった直後からアレクシアは魔力を溜めて魔法を唱えていた。
半端な威力ではエントの魔法防御は抜けない。
衝撃の魔法と火の魔法を組み合わせ、そこに更に風の魔法を組み込む。
やがてそれは巨大な火の暴風となり、圧縮されていく。
貫くことに特化させた結果、まるで槍のような形になった。
アレクシアは槍を掴んで大きく足を上げて振りかぶる。
足を勢いよく下ろしてドレスがひらりと舞う。
それと同時に火の槍が放たれた。
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