第473話 怒髪天
アレクシアがあっという間に吹き飛ばされたのを見て、一瞬全員が目を疑った。
今までどのような時でも一方的にやられたことはなかったからだ。
「アレクシアは大型の魔物にだって早々力負けしないってのに。使徒ってのは伊達じゃないのか」
エントは細身の剣を構えなおすと、指先で剣の刃を撫でる。
明らかに隙だらけだったが、仕掛けられずにいた。
その直後、アレクシアの埋まっていた場所から石英の塊が吹き飛ばされる。
塊のあった位置から右足が見えた。
どうやら埋まっていたアレクシアが脱出するために、強引に石英を蹴り飛ばしたようだ。
頭から血を流していたが、それに構わずギラついた視線をエントへと向けていた。
「邪魔」
吹き飛ばされた衝撃でボロボロになった兵士の服を掴むと、強引に破り捨てる。
そのまま下着姿になったかと思うと、なにやら魔法を唱えていつものドレスアーマーの姿になった。
安全を確認してホッとしたアズが話しかけようとして、ギョッとして止めた。
アレクシアの殺気を感じ取り、思わず一歩下がる。
魔力が溢れ出ているのか、周囲の空間が歪んで見えた。
そして緋色の髪がなびく。
その怒りが表面化したかのように、戦斧がみるみるうちに熱で赤く染まっていく。
「久しぶりに戦闘中に気を失いましたわよ。この借りは高くつくから」
「頑丈ねぇ。そのまま寝ていた方が痛い目に合わずに済んだと思うのだけど」
「舐めないで!」
アレクシアが姿勢を低くし、跳ぶ。
跳んだ瞬間爆発が起きる。魔法を加速に使ったようだ。
加速した勢いをそのままに、魔法で赤く熱された戦斧を振りかぶる。
止めようと伸びてきた蔓は戦斧の熱で焼け切れていった。
エントは片手で剣を握ったままアレクシアの一撃を受け止める。
当たった時の衝撃波が周囲に走り、エントの足元の石英にひびが入った。
凄まじい衝撃だったはずだが、それでもビクともしない。
「十分な修練はしてきたようね。今のは悪くはないわ」
「このっ」
アレクシアは両手で握った戦斧に更に力を込めていく。
すると、僅かだがエントの剣が押されて傾いていった。
戦斧がエントの毛先に触れるかどうかまで近づくと、エントは仕方なさそうにそっと空いた手を刃に添える。
それだけで、再びアレクシアの戦斧は動きを止めた。
アレクシアがどれだけ力を込めてもそれ以上進むことはない。
「それなら!」
戦斧に込めた魔法を発動させ、ほぼ零距離から火の魔法を浴びせる。
間違いなくエントの顔面に直撃した。
火の魔法がエントを焼き続ける。
しかしエントの剣が魔法へ向かって振り上げられ、それだけで霧散してしまう。
エントの口にはいつの間にか火のついた葉巻が咥えられていた。
「良い火だったわよ」
それだけ言うと、激昂したアレクシアが再び戦斧を振り下ろす前に蹴り飛ばしてしまう。
蹴り飛ばした先にはエルザが居て、アレクシアをキャッチした。
「アレクシアちゃん、落ち着いて。頭に血が上ってるよ」
「っ! ごめん。ちょうど少し血が抜けたからもう大丈夫」
「うんうん。このくらいの怪我なら治してあげるから」
エルザがアレクシアを治療し、それから全員で武器を構えた。
「髪の毛一本燃えてない。どんな魔物だって少しはダメージを受けるっていうのに。どうなってるのかしら」
「守りを抜けなかっただけ。神の使徒は無敵の存在なんかじゃないから、気をしっかり持って」
「それならいいんだけど」
そして囲むようにして少しずつ距離を詰めていく。
エントは包囲されているにもかかわらず、特に気にした様子はなく魔法の影響で少し乱れた髪を直す余裕っぷりを見せていた。
フィンとアレクシアが一瞬だけ視線をかわし、同時に動く。
アレクシアの戦斧が横なぎに振られ、防御のために伸びてきた蔓を薙ぎ払った。
タイミングを合わせ、再びフィンが両手の短剣をエントへと振り下ろす。
エントはその攻撃を背を反らすことで回避し、フィンと視線が合う。
それから咥えていた葉巻をフィンの顔めがけて吐き出しながら剣を突き出す。
フィンは身体を捻ってどちらも避けたが、体勢が崩れたところへ腹に手を当てられる。
トン、と押しただけでフィンの身体が吹っ飛ぶ。
そこへ入れ替わるようにアズが剣を振り下ろした。
エントはその剣を受け止めようとしたが、直前で止めて後ろへと跳んだ。
エルザが足の浮いたエントへとメイスを振る。
肩に掠っただけだったが、小さな傷がつく。
初めてエントにダメージが与えられた瞬間だった。
「その剣……。未熟なユースティティアの後継者ってだけなら怖くなかったのに」
エントは封剣グルンガウスの特性を見破ったらしく、防御するだけで大きなダメージを受けるのを察知していた。
当たっていればとアズは思ったが、警戒してくれるならそれだけでも価値がある。
アレクシアが正面から行って負けるような相手だ。
ダメージを顧みず動かれたら勝ち目はない。
封剣グルンガウスの一撃を嫌がってくれるなら戦い方はある。
エントは傷口から流れた血を指先で掬い舐め取る。
「あーあ。私の美しい肌に傷が。一国の宝よりも価値があるのに」
「そんなに肌が大切なら戦わずに通しなさいよ」
「そうしたいのだけどね? 使徒の役目は軽くないの。それに、久しぶりに痛めつける相手が来たんだから楽しまなきゃ」
そう言ってステップを踏み、エントは動いた。
またしても姿が見えなくなるほどの速さだったが、アズの動体視力はかろうじて反応する。
首を斬ろうとしてきた剣を屈んで回避し、アズは同時に使徒の力を開放する。
今から剣を振ろうとすると大振りになって避けられてしまう。
なので、最短距離で腹を蹴った。
エントの身体が蔓ごとくの字になる。だが、そのままアズの足を掴んだ。
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