第469話 美しいバラにはトゲがある
ゆっくりと歩きながらなにがあるか分からない不気味な館を進む。
そして館の外に出た。
その先は渡り廊下になっており、道は続いている。
廊下の行き先はどうやら庭へと繋がっているようだ。
「周囲は……全部バラよね、これ」
「ああ。色違いにはなってるがそうだな」
廊下を包み込むようにしてバラの花が咲いていた。
赤、白、ピンクに紫、黄色。黒いバラもある。非常に珍しいとされる青いバラまで見えた。
花の部分だけでも一本貰えないだろうか。
渡すとアナティア嬢はとても喜ぶと思う。
「バラの匂いで吐きそう」
「鼻で呼吸しない方がいいわ。ハンカチを口に当てるとマシよ」
アレクシアが弱音を吐くと、フィンがそうアドバイスする。
試してみると、確かに効果があった。
聖水を染み込ませるとより効く。
ここまでバラが密集していると、まるでバラで作った香水でもぶちまけたかのような空気になっている。
油断していると咳き込んでしまう。
バラが好きとかそういうレベルではない。
まるでバラそのものがこの先で待ち構えているかのような場所だった。
庭に入ると、中央に大きなイスとテーブルが用意されていた。
露出型の温室と言えばいいのだろうか。
それを取り囲むように円形にバラが配置されている。
もしかしたら誰かが待ち構えているのかと思っていたが、無人だった。
「あっ」
アズが声を上げた瞬間、通ってきた渡り廊下が成長したバラによって塞がれてしまう。
ここに来たのは合っていたようで、奥に進めということだろう。
床は渡り廊下に出た時点で真っ黒な木材から再び真っ白な石英に変わっている。
中央に進むと、一枚の手紙があった。
だが、読めない。
塔の名前にも使われていた古代語というやつだろう。
「読めるか?」
「はい。貸してください」
手紙を手に取り、エルザに渡す。
「塔に訪れた客人へ。このバラ園は気に入って貰えましたでしょうか? とても久しぶりに試練に挑む戦士が現れたことを快く思います」
どうやらこの館の持ち主が残したもののようだ。
始まりの言葉は歓迎の意志が込められているように感じた。
「しかしながら、あなた方にオスカー様に会う権利があるとは思えません。なのでここでお帰り下さい。この言葉に従って頂けるなら、ここまで来たに値する財宝を差し上げましょう」
エルザの言葉と同時に、庭の一ヵ所のバラが移動し道ができた。
そこには大きな箱に溢れんばかりの財貨や魔道具が置かれているのが見える。
もし持ち帰れば一夜にして巨万の富を得られるだろう。
「ですが、もし愚かにも私の言葉に従わぬというのならとても残念な結果に終わることでしょう。どうか賢明な判断を下してください。バラの魔女より」
エルザが全て読み終わると同時に手紙が霧散する。
どうやらバラの魔女がここの主で、オスカーに会わせず追い返したいのが伝わってきた。
「どうしますか? 歓迎はされていないみたいですが」
「あの財宝は欲しいが、はいそうですかと帰るのはなんだか面白くないな。相手の手のひらで転がされるのは趣味じゃない」
ここまで登るのは本当に大変だった。
凍えそうになったり、カラカラに乾いたり。
溶岩地帯だってあった。
戦闘や危険なギミックはもちろんアズたちにやってもらったが、それでも大変だったのだ。
出来ればもう一度来るのは遠慮したい。
つまりここで登頂しておくのが一番悔いがないということだ。
「賛成。偉そうに言っちゃって、そもそも何様よこいつ」
フィンが毒づくと、財宝の入った箱が急速に風化して消えてしまった。
どうやら帰ることを選ばなかったので没収されたようだ。
そして、バラの蔓がこっちに伸びてくる。
アレクシアが警戒のために一歩前に出た。
蔓が絡み合い、それは人の形に変わっていく。
豊満な体をした女性の形になると、蔓は人へと変化していった。
そこには真っ赤な赤い髪の、そして全裸になった妙齢の女性が堂々と立っている。
アズがなぜか目隠しをしようとしてきた。
黒いバラの花びらが女性を包み込み、漆黒のドレスへと変化する。
その姿は屋敷に飾られていた巨大な絵に描かれていた女性そのものだ。
「人間はどうして愚かなのかしら? そこで止まっておけば幸せになれるのに」
心地良いほどに耳に響く声だった。
身体の隅々まで染み渡るような。
頭がふわふわした気分になる。酒を飲んで気持ちよくなり、判断力が落ちた時のようだ。
それは他の皆も同じようで、目の前の女性に一気に親近感を抱きそうになった。
「こほん」
エルザが咳ばらいをすると、不思議な酩酊感が消える。
同時に芽生えかけていた親近感も消えさっていく。
どうやら言葉だけでなにかされていたようだ。
それをエルザが止めてくれた。
「……無粋よ。私がせっかく優しく終わらせてあげようとしたのに」
「その後はバラの肥料にでもするつもりでしょう」
「よく分かったわね。私のバラは人間を肥料にするのが一番綺麗に咲くの」
「オスカーがなぜあなたを傍に置くのか不思議です」
そしてエルザとバラの魔女が睨み合う。
「バランスが大切というものよ。主従揃って優しい必要はないの。だから後手に回るのよ」
「……」
「ふふ。ここまで来た優れた戦士に敬意を表して、私の名前を知る名誉をあげましょう。これから死ぬのだから、それくらいの手向けはしてあげる」
バラの魔女はドレスのスカートを両手で持ち上げ、深く頭を下げて礼をする。
「我はオスカーの使徒エント・ヴァイエンステファン。汝らに神オスカーと会う権利があるか試練をもって判断を下す」
オスカーの使徒。
その名前を告げた瞬間、魔力が露わになり心臓が脈打った。
……あれは人間の形をした災害だ。
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