第468話 不気味な場所
「花の香りがムカつくほど甘ったるい。趣味が悪いとしか言いようがないわ」
フィンは周囲を見てそう言い放った。
「どれも毒があるのはもちろんだけど、ただの毒じゃない。死に至る猛毒のものばかりよ。それも苦しんで死ぬような」
毒を扱ってきた経験があるからか、深い知識が伺える。
香りも確かにきつい。
人の手が入っているにもかかわらず、気分を害するほどの過剰な匂いは間違いなく意図してのものだろう。
客人に対する気遣いは一切無いようだ。
この香りにも毒があるかもしれない。その場にいるだけで胸がムカムカする気分になってきた。
「たしか鞄の中に……」
鞄の口を開けてガサゴソと中身を漁る。
たしか入れてあったはず。
あった。
ラミザ印の耐毒ポーション。
解毒にも使える優れモノで、多くの毒を中和してくれる素晴らしいポーションだ。
難点としては即効性のある毒には効果が高い反面、じわじわと蝕む中毒性の高い麻薬などにはあまり効果がない。
そのため麻薬の治療用に開発した青い飴も飲み込むことにした。
香りや花粉に紛れていても、これで植物の毒の大半は無効化できるはずだ。
さすがに口に入れたりしたら大変なことになる。
このエリアでは何も食べない方がいいだろう。いざとなればエルザの解毒に期待する。
未知の植物があった場合は……ラミザさんの腕を信じるしかない。
全員で耐毒ポーションを飲み干し、飴を口に含む。
とても甘い。少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。
このままここに居ても仕方ない。
石英で舗装されてある道を進む。
チラリと下を見た。石英はそれほど手に入りにくい鉱石ではない。
だがここで使われているものは、真っ白で異物の一切ない純度の高いものだ。
こんなものを道の舗装に使うなんて、王国なら王族やバロバ公爵のような大金持ちくらいだろう。
アズたちが水晶郷に冒険に行った際に、戦利品の中にも高品質の石英があったがここまでの品質ではなかった。
記念に作られる石像などの調度品に使われるようなレベルだ。
……太陽神の石像を思い出して嫌な気分になった。
「ちょっと暑いわね」
「植物が多いせいだろうな」
フィンが上着を脱ぎ、白い肌をさらけ出す。
植物に合わせた環境なのか、とても湿度が高い。
気温はそれほど高くないはずだが、じんわりと汗をかく。
ずっと歩き続けて靴と石英の当たる音だけが響いていたのだが、ようやく屋敷を発見した。
見た目は立派だが、使われている木材が黒いせいかどうも不気味な印象を感じる。
屋敷の入口がひとりでに開いた。
「入れってことかしら」
「そうみたい」
アレクシアが一番先に入る。
屋敷の中は暗かった。
燭台はあるが蝋燭はなく、外からの明かりしか照らすものがない。
それも植物に遮られている。
「辛気臭いわね……」
アレクシアはそういうと、右手に明かりの魔法を使い周囲を照らす。
すると、目の前に巨大な骸骨が鎮座していた。
「きゃっ」
悲鳴を上げつつ、アレクシアは右足で骸骨を蹴る。
だがその蹴りは当たらず宙を切った。
「落ち着いて。ほら、あれのせいだよ」
「なんなの!?」
慌てて戦斧を握りしめるアレクシアの肩をエルザが抑えて指を指す。
するとそこには小さな骸骨の模型があった。
その影がアレクシアの目の前にある壁に現れたようだ。
「性格が悪いというかなんというか。いたる所にそういう仕掛けがあるわよ」
「嘘でしょ」
アレクシアは周囲をより魔法で照らすと、いたる所に武器を持った骸骨の影が現れる。
そうなるように念密に計算された場所に模型を飾ってあるようだ。
「このっ……」
「落ち着いて。どうどう」
「私は牛じゃないわよ!」
おちょくられたと感じたアレクシアが思わず握りこぶしを震わせるが、どうにか自制した。
破壊するとなにが起きるか分からない。
もしかしたらそれを狙ったトラップの可能性もある。
「ふ、ふふ。これを仕掛けた奴の顔を見てみたいわね」
笑いながらも、唇の端が震えている。
相当頭に来ているな、あれは。
アズとオルレアンは平気そうな顔をしているが、両足にしがみ付いていた。
「どこも鍵がかかってる。鍵穴もないから普通の方法じゃ開かない」
「こういうのって、空いてる場所で待ち構えてるパターンですよねー」
「もしそうなら、本当に良い趣味してるわ」
扉を調べていたフィンはエルザとそう話す。
調度品を見ていると、なんとなくだが館の主人の性格が見えてくる。
「バラが好きなんだろうな」
ふと口に出た。
壺や絵も飾られているが、全てバラがモチーフになっている。
骸骨もよく見ると武器ではなく茨を抱えていた。
「不気味なんですけどぉ……」
「この屋敷では働きたくないです。次の日にはどこかに拉致されそうで」
アズはキョロキョロと周囲を見ては骸骨と目が合って怯えている。
魔物が相手なら怯まないのだが、こういう雰囲気は怖いらしい。
オルレアンはアズとはちょっと違う意味で怖がっていた。
しばらく歩くと吹き抜けになっているフロアに出た。
そこには階段や複数の扉がある。
「あれってあの時のじゃない?」
「……そうだな」
大きな絵が立て掛けられていた。
そこには二人の人物が描かれている。
一人はこの塔に入ってきた時に現れた美しい少年。
もう一人は赤バラのように真っ赤な長い髪をした女性だ。
黒いドレスを着ており、少年の背後に立つように描かれていた。
他にはここには何もなさそうだ。
階段は登れないように骸骨の模型で埋め尽くされていた。
扉は来たときすでに開いていた一つを除いて、鍵穴のないものになっている。
「この奥にこいってことかしら」
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