第467話 上には上が居る

 砕けた魔物の破片をエルザは片手に持ったメイスで弾きながら地面に下ろしてくれた。


「おっと」


 乾いた砂に足が埋まりバランスを崩しそうになるものの、エルザの肩に掴まりバランスをとる。

 空中浮遊は初めての経験だったが、地上とは全く異なる風景だった。

 とても楽しむ余裕はなかったし、同じ状況になるのは避けたいところだが。


 遅れて百足虫の巨体が地面に衝突し、砂がまるで波のようにたわむ。

 顔を隠して口に砂が入らないようにする。


「やったのか?」


 顔から腕を外して魔物の倒れた位置を確認する。

 全体像は大きすぎて見えなかったが、アレクシアの魔法が体内で破裂したのが外から見ても分かった。

 顔に近い部分は吹き飛んでおり、いたる所にヒビと穴が空いている。


 どう考えても致命傷だ。

 頭の方からゆっくりと灰になって消えていく。

 全体が消えるのは少し時間がかかりそうだ。


「ああいう虫型の魔物は厄介なのよねぇ」


 アレクシアがそう言った瞬間、百足虫の巨体が動く。

 残っている足がバラバラに動き、不自然な挙動ながらも移動を開始する。


「あれで生きてるのか!?」

「いえ、死んでますよ。ただ死んでも動くんですよね」

「そんなのありかよ」


 エルザの言葉に驚愕する。

 もはやインチキと言ってもいいかもしれない。


「大丈夫。最後の悪あがきみたいなものだから」


 アレクシアはそう言うと、短剣を取り出して戦斧にぶつけて音を鳴らす。

 すると音に反応して百足虫の死体がこっちに向かってきた。

 すでに全体の三分の一ほどが消失し始めているが、それでも勢いは衰えていない。


「お、おい。こっちに呼んで大丈夫なのか?」

「心配しないで。むやみやたらに暴れられた方が厄介だし、体液は猛毒で浴びるのはごめんよ」


 そう言ってアレクシアは戦斧を構える。

 魔法で熱しているのか、先端が真っ赤に変色していた。

 着ている兵士服の両手の部分が熱に耐えきれずに燃えてしまう。

 二の腕の辺りまで露わになってしまった。


 だがアレクシア自身はなんの影響も受けていない。

 魔導士はやはりとんでもないことをする。


 周囲の景色が歪むほどの熱を有した戦斧を、アレクシアはゆっくりと両手で持ち上げる。

 動いた時に発した熱波が頬を撫でた。


「あつっ」


 そして、迫りくる百足虫の残骸へタイミングを合わせて振り下ろす。


 そして熱したバターにナイフを入れるように、戦斧で真っ二つにしていく。

 地面に振り下ろした時には百足虫は完全に消失していた。


「これで決着ね」


 アレクシアは熱した戦斧を覚ます為に地面に投げ捨て、額の汗を拭った。

 それから服の燃えカスらしき灰を肩や髪から払う。


「お疲れ様です。任せてすみません」

「いいのよ。ああいうデカブツは魔導士の私が専門でしょ」

「楽させてもらったわ」

「アズ。それでなんだけど」

「はい?」


 アレクシアがアズに近づく。


「アズが見た魔法と今の私の魔法。どっちが強力だった?」

「ええと……それは。あの時は死ぬかと思って無我夢中で目も閉じてましたし」

「本当にそうなら私の目を見て言えるはずよね?」

「アズちゃん。こうなったらアレクシアちゃんはしつこいからちゃんと言った方がいいよ?」

「うーん」


 アズは悩みに並んだ顔をしてこっちを見る。

 ヨハネは頷いて返事をした。

 アレクシアは褒められると機嫌を良くするが、単なるおべっかは嫌うだろう。


「言っておきますけど、アレクシアさんの魔法はとっても強力でしたよ? ただあの時の魔法は本当に凄かったというか……地下の空洞から天上の壁を全部弾きとぱちゃったんです。周りの土も溶けちゃってましたし」

「つまり?」

「あの時の魔法の方が凄かったです。でもでもアレクシアさんの魔法だって一発で倒して凄いですよ!」

「慰めはいらないわ。それにしても相当な魔導士が魔法を込めたのね。余波で地面が溶けるなんて」

「金貨を積んで宝石に込めてもらったからな……」


 アレクシアは少し悔しそうにしていたが、まだまだねと言った後に切り替えていた。

 オルレアンは完全に目を回しており、目を覚ますまで背負って移動することにする。


 何が手に入るかなと期待してこのフロアの宝箱を開けてみると、巨大な紫水晶だった。

 しかもあの百足虫を精巧に模している。

 オルレアンやアズと同じ高さがある。


「これは……お宝だが」

「い、いらないわよこんなの」


 フィンは鳥肌が立ったのか両腕を抱いて下がる。


「完全に換金用だな。うちに飾りたくはないが、これだけ大きな紫水晶だし物好きな収集家が欲しがるだろう」


 いざとなれば価値は落ちるが砕いてしまえば売るのは難しくない。

 苦労して道具袋に詰めこむ。大きいので袋の口に入りにくいのだ。

 魔法の効果で、入りさえすればなんとでもなる。


 階段を上がり、次の階層に進むとまた環境が一変した。


「……庭園か?」


 砂だけしかなかった砂漠のような場所から緑溢れる場所だ。

 ただジャングルのような無秩序さはなく、明らかに人の手が入っている感じがした。

 だからこそ庭園という言葉が思い浮かんだ。


 アナティア嬢の世話していた庭園を、より大規模にすればこんな感じになるだろうなと。


 丁寧に通る道まで整理されていた。


「明らかにこれまでと違いますね」

「おっと。起きたか」

「はい。旦那様、ありがとうございます」


 起きたオルレアンをそっと降ろす。

 興味深そうに周囲を見ていた。


「ただ、あまり趣味はよろしくないです」

「どういう意味だ?」

「ここにある植物は全て毒があるものばかりですから」


 美しい植物に囲まれていると思ったが、オルレアン曰く全て強い毒があるものばかりだという。


 たしかによく見るとトリカブトや鈴蘭があった。

 知らずに顔を近づけると危険だ。


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