第466話 乾燥しきったこの大地で

 フィンの耳やアズの目は砂嵐で役に立たない。

 なのでアレクシアの探知魔法を頼りにする戦法に切り替えたところ上手くいった。


 不意を突かれなければ魔物はそれほど脅威ではない。

 問題はこの拷問のような乾燥しきった砂漠のような環境だ。


「いてっ」


 唇が乾燥してしまい、乾いて切れ目ができる。

 エルザに治してもらうとしばらくは大丈夫なのだが、また乾燥して同じことの繰り返しだ。

 対策しようにも、ずっと水ばかり飲むのは問題がある。


「カラッカラになりそう。これで暑かったらちょっと私でも体力が持つ自信はないわ」

「口を開くだけで喉が渇いて痛むなんて初めてだわ……アクエリアスの皆はこんな環境に居たのかしら」


 愚痴を言っても音は上げないフィンやアレクシアが珍しく弱音を吐いていた。

 それほどまでに渇きは辛い。


 なんとかしなければと思っていたら、立派なサボテンが生えていた。

 砂漠に適応した植物だからか、サボテンの水分は乾いた身体に必要な栄養素が多く含まれているという。


 このサボテンで喉を潤せば少しは楽になるだろう。

 そう思ってナイフ片手に近寄った。

 あと少しで手が届きそうになったところで、サボテンがぐるりと回転した。

 目は存在しないが感覚で分かる。


 今サボテンに見られていると。


「危ない!」


 オルレアンの声が聞こえた瞬間体が傾き、砂に倒れ込む。

 次の瞬間、サボテンのとげが空を切った。


 オルレアンに引っ張って貰わなければトゲが当たって刺さっていたに違いない。

 トゲを外したサボテンはその場から飛び出し、器用に足を動かして逃走しようとした。


 だがその前にアズが剣を振りかぶり、一刀両断する。


 奇麗に真っ二つになったサボテンは塵になって消えていった。

 どうやら擬態していた魔物だったようだ。


「旦那様、不用意すぎます。こんな場所なのですから気を付けて頂かないと」

「そうですよご主人様。ちょっと目を離すとこれなんですから」


 自分より幼い少女二人にお叱りを受けてしまった。

 返す言葉もない。もう少し気を付けるべきだったな。


「悪いな……二人ともありがとう。助かったよ」


 アズに手を引っ張って貰い立ち上がる。

 服についた砂を払いのけていく。

 サラサラの砂なので服の中にも入ってしまい、全部取るのに苦労した。

 アズが嬉々として手伝ってくれたのが少し複雑だ。


 乾いた土地に住む人たちがなぜ全身を覆う服装をしているのか少しわかった気がする。

 少しでも失う水分を減らしたいのだろう。


 乾燥と戦いながら先へと進むと、大きな砂の山が鎮座していた。

 また大きなゴーレムだろうかと思っていると、砂の山が前後に揺れる。

 そこから姿を現したのは……巨大な百足虫だった。


「あらぁ」


 エルザの感心したような声が聞こえる。

 大きい。大きすぎる。

 アズが以前戦ったという百足虫よりも大きいのではないだろうか。

 全身を外骨格で覆われた百足虫はこっちを一瞥すると、砂へと潜ってしまった。

 巨体が足の下で這いずるのが振動で分かる。


「砂で身体を隠して奇襲で攻撃するタイプね。とはいえあんな大きさじゃ音も振動も消せるはずもなし」

「どうするの? あんなデカさじゃアズの剣でもバラバラにするのは時間がかかるし」

「私が似たようなやつを最初に倒した時は……ご主人様に貰った魔道具で吹き飛ばしました。次に会ったもっと小さいのなら剣でバラバラにしましたけど」


 アレクシアたちはあの巨体をさすがにどうするかと頭を悩ませる。


「アズに魔法を込めた石を渡したのよね? 何の魔法を込めてたの?」

「あれは母が人に込めてもらったんだ。たしか……」


 魔法の名前も聞いた気がする。

 系統は火の魔法に該当するはずだ。


「うわ、そんな魔法を宝石に込めたの? よく成功したわね。よほど高名な魔導士なのかしら」

「大陸一とは聞いたが、そんなにすごい魔法なのか?」

「疑似的な太陽を召喚する魔法よ。術者の力量で効果は変わるけど、そんな魔法を受けたら大型の魔物でもひとたまりもないわね」

「使った瞬間目の前が真っ白になりましたよ。本当に凄かったです」


 体を大げさに動かし、アズがなんとかその時の状況を告げようとする。

 微笑ましいがあまり伝わってこなかった。


「で、アレクシアはそれ使えんの?」

「使ったことないのよね。当てにくいし、魔力消費がとんでもないし。今の私なら何とか使えるかな」

「頼むわよ。正直こんな環境であんなデカブツをバラすまで動き回れないわ」


 そう言ってフィンは地面の砂を蹴る。

 黄色い砂が空に流れた。


「そうね。当てにくい問題はどうやら向こうから来てくれるみたいだし」


 地面の振動がだんだん大きくなる。

 こっちに向かっている証拠だ。


 するとアレクシアがなぜか上着の首の部分を掴んでくる。

 エルザがオルレアンを掴んでいた。


「お、おい。なにをする気だ?」

「なにって、倒す前に食べられちゃったら死ぬでしょ? だからこうするの」


 言い終わった瞬間、アレクシアの手が下に動き一緒に服が引っ張られる。

 次の瞬間今度は更に強い勢いで上へと動き、そのまま投げ捨てられた。


 体が思いっきり高く浮く。

 慌てて体を翻すと、オルレアンが目を点にして空を飛んでいた。

 同じように投げられたらしい。


 先ほどまでいた地面に百足虫の頭が姿を現す。

 どうやらあれを回避するためにここまで飛ばされたようだ。


 フィンやアズ、エルザは四方に散っている。

 アレクシアは戦斧を使って百足虫の顎が閉じないように止めていた。

 百足虫の巨体は留まること無くそのまま上へと突き抜ける。


 こっちに迫ってくる迫力は凄まじく、思わずつばを飲み込んだ。


 アレクシアは詠唱しつつ、戦斧を足場にして右手を百足虫の口の中へと向けている。

 あれなら直撃も容易いだろう。


 巨体の動きが止まり、まるで塔のようにそびえ立った瞬間。

 アレクシアが魔法を放った。


 そうしてすぐに戦斧を回収し、降りる時に全力で頭を蹴り飛ばした。

 ぐらり、と百足虫の巨体が傾く。

 地面に倒れ込みながらも、腹の辺りが大きく膨れるのが見えた。


 次の瞬間、大きな爆発音と共に百足虫は火を噴きながら破裂した。

 危なかった。

 アレクシアが蹴って倒さないとあの火に巻きこまれるところだった。


 投げられた勢いがなくなり、地面に落下する。

 着地はどうなるんだ? と思った瞬間背筋がゾッとした。

 だが、下にはエルザが構えて待ってくれていたのでそのまま落ちる。

 見事にキャッチしてくれた。


「大丈夫、落としませんから」


 そう笑顔で言われる。

 いくらサラサラの砂とはいえ、あの高さから落ちたら多分即死だ。

 エルザに感謝した。

 オルレアンはアレクシアがキャッチしたのが見える。

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