第461話 そうきたか
次の階層からは魔物が初めから待機しており、誰かが足を踏み入れた瞬間動き出す。
最初の方は弱い魔物ということもあり、ほぼ進軍速度と攻略速度は同じだった。
数の力は偉大だ。
「黒蛇の魔物がいるな。懐かしいんじゃないか?」
「私にとってはあまりいい思い出じゃないんですけど……」
「そうだったな。あの時は大変だった」
「うぅ、あれは恥ずかしい思い出です」
アズを最初に送り出したことを思い出す。
たしか黒蛇の討伐でその証明のために頭を切断して袋に入れたんだった。
あの頃使っていた袋は軽量化の魔法こそかかっていたものの、あまり質が良いものではなかった。
なので流れ出た血が滴り落ちて、結局アズが血塗れになってべそをかいたのを迎えに行ったんだ。
「そういえば最初の方はもっと大人しくて、臆病だったな」
「こんな生活をしていたら図太くもなりますよ。ご主人様?」
「ああ、頼りにしてる」
少し拗ねたように言うアズを宥める。
実際最初から奴隷として、仲間としてずっと支えてくれているのだ。
こんなに頼りになる子は他にいないだろう。
何度も命を助けてもらっているし。
「私を買う前のことよね。たしかに今よりおどおどしてた気がするわ。なのにリーダーはアズだったんだからちょっと不安はあったのよね。実戦で才能があったし、すぐに強くなっていったからその不安もなくなったけど……」
アレクシアがそう言った。
そんなことを考えていたのか。
今でこそチームとして機能しているが、アレクシアは言うことをあまり聞かなかったらしいからなぁ。
エルザが上手く抑えてアズが実力を認めさせることで次第に打ち解けていった。
まぁ、アレクシアの本来の性格は最初のイメージとはだいぶ違ったものだったが……これはこれでいいだろう。
アレクシアがアナティア嬢やティアニス王女殿下のような性格だったらやりづらくて仕方ない。
ちょっとお尻を触るのも気安さがあってこそだ。
そういう意味ではエルザは最初からあまり印象が変わらない。
温厚で、気配り上手な性格だ。ただ、時折繋がりを求めてくる。
ただし、今回のようにどこか不思議な雰囲気を露わにすることは多々あった。
いずれ話してくれる時がくるのだろうか。
そうするうちに魔物を全て倒しきり、次の階層への道が現れる。
宝箱には銀貨が数枚入っていたようだ。
その銀貨を見て神学者は感嘆した。
「これは……ずいぶん古い銀貨だ。恐らく灰の国で使われていた物ですね。なんと珍しい」
「灰の国。当の昔に滅びたのではなかったか?」
「ええ。かつて在ったとされる存在を消された国です。古い書物でしか存在を確認できません。滅びた後に意図的に情報を隠蔽されている」
灰の国。
アズとエルザが、カタコンベで遭遇したという灰王が生きていた頃に治めていた国だ。
エルザから断片的に聞いた情報によると、創世王教の国で太陽神教と衝突した結果滅びたという。
そんな古いものが出てくるなんて、この塔はやはり普通ではないらしい。
なにか値打ちものが出てくるかもしれないな。
階層が進むほど出てくる魔物が強くなる。
特に五の倍数になった際、特徴的な魔物が現れる。
例えば五階層では鉱石を食べるトカゲの魔物。
その中でも巨大なやつがまるでボスのように部屋に陣取っていた。
この食べた鉱石によって皮膚の硬さが変化するのだが、鉄でも食べたのか兵士の剣や斧では傷がつかない。
その代わりに魔法には弱くて、切り替えた途端あっさりと倒せた。
そうして進むほど少しずつ報酬も良くなっていく。
小物だが魔道具なども確認した。
いまのところ公爵の軍が攻略しているので、こっちには特に得るものはないのだが。
道中、アンデット系の魔物が現れた階を攻略した際に休憩を挟むことになる。
そろそろ訓練を積んだだけの兵士では荷が重くなってきたようで、怪我人なども出てきている。
「公爵様、待機している部隊から連絡が」
公爵が何やら報告を受けている。
下でなにかあったのだろうか。
しばらくして公爵に呼び出される。
「兵を引き上げることになった」
「なにがあったんですか?」
「太陽神教の一団がアーサルムに向かっていると下で待機している部隊から連絡があったのだ」
「ようやくですか……」
バロバ公爵は事件の調査とその報告をするように太陽神教のポプラス大司教に強く要請していた。
今の今まで動きが一切無かったのだが、ようやく動く気になったらしい。
「そうだ。向こうが約束を果たすなら一先ずこっちも合わせる必要がある。結果次第では収めた剣を再び抜くことになるがな」
「彼らはあれだけのことをしましたからね。アナティア様が危うく命を落とすところだった。正直どう言ってくるつもりなのか分かりかねます」
「収めるならば枢機卿の首一つといったところか」
その首というのは物理的な意味……だろうな。
暴れた神殿騎士エヴリスは枢機卿の誰かの差し金だったようだし、その黒幕が誰か分かれば公爵は容赦しないだろう。
「だがこの塔は放っておけん。ただの迷宮なら気にせんが、神の塔というのが気になる。加護という形ならまだしも、神そのものはこの世に残っていないというのが一般的な考え方だ。本物の神が居るのであれば、太陽神教より先に会った方がいいだろう」
「太陽神教は排他的ですからね。この塔を壊そうとしてもおかしくないです」
多くの宗教が色んな形で太陽神教に潰されたり吸収された。
独立を保っているスパルティアや太陽神教の影響が弱い辺境などはそうでもないが、帝国や王国の主要な都市はほぼ太陽神教一色になっていたものだ。
あの銅像事件が無ければ今でもそうだっただろう。
表向きは人のよさそうな顔をしておいて、やっていることは侵略者そのものだった。
「というわけで攻略を君に引き継いでもらいたい。横やりが入らぬように入り口は人を置いて封鎖しておく。国境ゆえ完全にとはいかんが、しばらく時間は稼げるだろう」
そうきたか……。
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