第462話 ゾンビ退治には司祭が強い
バロバ公爵は方針を決めたら行動が早い。
ここに来るまでも早かったが、撤収もあっという間だった。
兵士たちはすぐさま準備を整えてしまった。
騎士や護衛は少し物足りなさそうだ。
思いっきり暴れるチャンスだと思っていたのかもしれない。
「食料などの物資は一部置いておこう。使ってくれ。戦利品の類は持っていって構わないが、有用なものは買い取ろう。問題があれば攻略を中断しても構わん」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って全軍で一斉に塔を降りていった。
神学者は名残惜しそうにしていたものの、安全面から一緒に帰って貰う。
さすがに彼まで守るのは負担が大きい。
「手に入れたものは是非とも見せて下さい。例え価値が無くても学術的な意義があるものならそれなりの額で買い取りますので」
そう念を押して帰っていった。
あの様子ならここで手に入る適当な物でも古ければ金を出してくれそうだ。
「あっという間に行っちゃいましたね……」
「末端の兵士もだけど、部隊長もよく教育されてるわね。優秀過ぎて戦争では戦いたくない相手だわ」
「ま、私にはどうでも良いわ。人が多すぎてうっとうしかったし」
「フィンちゃんは人見知りだもんね」
「煩いわよ」
去っていったバロバ公爵達を見送った後にアズがぼやく。
それにアレクシアが反応した。
一人一人に指示を聞かせるのもとても大変なのに、あれだけの人数を想定通りに動かせるのは日頃の賜物と言える。
とても真似できない。
ヨハネにどうにかできるのは今いるこのメンバーが精一杯だろう。
「さて、公爵が置いていってくれたのは……野営に使うような消耗品と食料だな。正直助かるが……」
公爵から貰った物資を確認する。
一部を置いていったと言っていたが、今いる人数を考えれば十分すぎる量だ。
余った分は貰っていいのだろうか。
それに一度魔物を倒したフロアは安全なようで、どれだけ時間が経過しても魔物が現れることはなかった。
全員の道具袋に物資を詰めこめられるだけ詰め込み、改めて出発する。
「さて、問題は攻略できるかどうかだな……さっきまではまさに人海戦術で強引に押しつぶす感じで楽だったんだが」
「どの階も結構な数の魔物が居ましたよね」
「ほら、弱音はかないの。そんな暇があったら手と足を動かした方が有意義よ」
「たしかにそれもそうか」
アレクシアの言葉に従い、階段を上る。
人数が減ると大分静かになった。
靴が地面を踏む音だけがやたらと響く。
戦闘はいつものアズとフィンに任せた。
どれだけ急な不意打ちがあっても二人なら対応できるという判断だ。
次の階層に辿り着いた瞬間、フィンは鼻をつまむ。
「ちょっとエルザ。あれちょうだいあれ」
「あれじゃ分からないってば」
「聖水よ。持ってるんでしょ」
エルザは懐から小さな瓶を取り出す。
それはうちの店でも販売しているエルザ印の聖水だ。
なぜ、と思っていたら次第に湿ったような空気が流れ込んできた。
ひどい悪臭だ。まるで肉が腐ったような……。
「さっきはスケルトンタイプばっかりだったから、今度は腐った死体ってことかしらね。病気になりそう」
フィンはそう言うとエルザから受け取った聖水の蓋を開けて中身を頭からかぶる。
するとフィンの周囲から悪臭が消えた。
近くに行って匂いを嗅いでみると露骨に嫌な顔をされてしまう。
「聖水は浄化の作用があるからこういうのにも効果があんのよ。あんたは知らなかったかもしれないけど」
「そうなのか?」
「そういう効果もありますけど……消臭目的で使う人はあまり居ませんけどね」
エルザはそう言って苦笑していた。
鼻が曲がる前に全員で聖水を消費すると、かなりマシになった。
改めて奥を見てみると、何とも嫌な光景が目に映る。
とても子供には見せられないような、とてもグロテスクな光景だ。
「あれと戦うのはとっても嫌なんだけど」
「私もあんまり……。昔戦った時は汁が飛び散って大変でした」
「浄化すれば奇麗に退治できるけど、ちょっと時間かかるかも」
そう言って皆がアレクシアの方を見る。
「分かってるわよ。私の出番よね」
視線の意味を理解したアレクシアは前に出ると、右手で火のブローチを握りしめる。
そしてそれを前に突き出した。
「換気目的なのか知らないけど窓があって良かった。そうじゃなきゃ窒息しちゃうもの」
アレクシアの周囲に魔力が集まっていく。
そしてまるで火を吐く竜のように、突き出した右手から火が溢れ出した。
「浄化の祝福も添えておきますねー」
エルザはそう言ってアレクシアに向けてなにやら唱えた。
すると真っ赤だった火が少し白く色が変わったように見える。
火はゆっくりとこっちに向かってきた肢体のアンデットたちを見事に焼き尽くしていく。
エルザの浄化の祝福も聞いているのか、凄い速度で処理していた。
「……思ったより居ないわね? さっきまでは床を埋め尽くすくらいの数だったと思うんだけど」
「そうだな。比べると確かに」
魔物の数はかなり多い。
だが理不尽な数ではなかった。
「それは多分、攻略してる人数を感知してるだけですよ」
「参加者で数が変わる? そういうこともあるのか……?」
どういうことだろうと思っていると、奥から数体ほど走ってくるゾンビが現れた。
火に巻かれながらも強引に突っ切ってくる。
「エルザ、得意でしょ。よろしく。」
アレクシアは視線だけ向かってくる相手に向けると、そう言って魔法を撃ち続けた。
「はいはーい」
エルザはいつものメイスを構えると、そこに聖水を垂らす。
そうするだけでアンデットに対してはどんな武器よりも効果が生まれるのだ。
「長い間ご苦労さまでした。成仏してね」
エルザはそう言ってメイスを振るう。
すると当たったゾンビは霧散するように消滅した。
「特化してるとはいえ、えげつないわ。普通に剣で斬る意味ないわね」
「こういう時くらいは頑張るよ」
エルザが全て倒し終えた頃には他のゾンビも焼き尽くされたようで、中央に宝箱が出現する。
アレクシアが魔法を中断し、周囲の気温が落ち着くのを待って宝箱を開けた。
中にはガラス細工が一つ入っていた。
人間の胸を模した形に、ナイフが突き刺さっている。
不思議な置物だった。
「ちょっと怖い形ですね」
「そう? こういうフロアにはピッタリだと思うけど」
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