第455話 救助活動

 大きな揺れがしだいに収まると、次に起きたのは大規模なパニックだった。

 街を歩く人々が慌てふためきながら右往左往している。

 突然のことに驚いて正常な判断を失ってしまったようだ。


 道端でテントを張って作ったような簡易的な露店などは崩れてしまっており、中には下敷きになっている人たちもいた。

 事態の確認をフィンに任せて、一先ず救出活動を行うことにする。


「そっちを持ってくれ!」


 物をどかしていき、手を伸ばせる状態になったら数人がかりで引き上げた。

 いくつも重なって崩れてしまった露店は重い上にバランスが悪い。

 隙間に折れてしまった木の梁を差し込み、その下に大きめの石を置いた。

 アレクシアに木の梁を下ろしてもらい、無理やり持ち上げる。

 てこの原理を使ったとはいえ、相当に腕力が必要とされるのだが彼女なら可能だ。


 持ち上がった瞬間に体格の小さなアズがスッと中に入り、閉じ込められた人を救出した。

 アズが助けた人を連れ出した後に一気に崩壊してしまう。

 中には商品などもあるだろうが、命には代えられない。

 同じ商人として後々撤去する際に一つでも無事であることを願う。


「火から離れて」


 瓦礫の一部から火が上がった際にはアズが活躍した。

 魔力は成長しても魔法の才能はないアズだが、水の精霊の力で水を生み出すことは出来る。

 数か所あったボヤは完全に鎮火させることができた。

 周囲には怪我人が多く、下手に火が回れば巻き込まれる人が出てきてしまうのでそれを防止できたのは大きいと思う。


「怪我人はこっちに集まって下さーい」


 エルザが大きな声でそう叫ぶ。

 そこにはエルザだけではなく、冒険者の司祭などが集まって椅子やベッドを使って医療スペースを用意した。

 お世辞にも整った施設とは言えないが、怪我人を寝かせられる場所があれば司祭による癒しの奇跡で十分治療できる。


「まず怪我のひどい人を治療します! 命にかかわるので協力してください」


 地震で揺れた時に転んだり、頭を壁に叩きつけられてしまった人が抱えられて運ばれてくる。

 パニックになった集団に踏みつけられた人なども居て重傷者も少なくない。

 そういう人はいち早く治療しなければ治療が間に合わないことがある。

 オルレアンはそういった知識も学んでいたため、地力で歩ける人には待機してもらい、運ばれてくる怪我人を優先した。


「司祭様が何人もいらっしゃいます。必ず治してくれますから、少しだけ待ってください」


 痛みで苦しむ人の中にはそれについて文句を言う人もいたが、そう説得すると落ち着きを取り戻して頷いてくれた。


 救助活動が進み、広場が落ち着きを取り戻し始めた頃に兵士たちが到着した。

 医療品も運んできてくれたので症状の軽い人たちはそっちに任せる。


 建物が多い地域に人手がとられているようで、こっちに来るのが遅れたようだ。

 自主的に救助活動を始めたことが功を奏した。


「あんた、助かったよ」


 大柄の商人に声を掛けられた。

 彼は地震が起きた後すぐに救助の手伝いを呼びかけた人物で、全身汗だくで汚れながら一番多くの人を助けていただろう。


「いえ、なんとかなってよかったです」


 そう言って握手をかわす。

 見たところ死者はいないので、ベストは尽くせたのではないだろうか。


 こっちも負けず劣らず格好がボロボロだがお互い気にしない。

 こんな時に外見に気を遣う余裕はないし、そんな場合じゃないと思う。


「嬢ちゃんたちもありがとう」

「命の恩人だよ、ありがとうね」


 そう言ってアズたちに感謝する人たちも多い。

 地震による被害は小さくはないだろうが、ホッとした空気が周囲に漂い始めた。


「お疲れ様」


 アレクシアが桶に湯を入れて持ってくる。

 それにタオルをつけて顔や手などを拭うと汚れや汗が落ちていった。


 全員が協力しないとこの結果にはならなかっただろう。

 どれだけ実力のある者がいたとしても、一度に助けられる人数は限られている。


 崩れた露店などの回収や撤去は後に回されることになったので、治療の手伝いをする。

 お湯をその場で用意できるアレクシアのお陰でスムーズに治療が進んでいった。

 そんな中、顔にケガを負った男性の傷をエルザが治療する。

 男性は瞑っていた目を開けると、視線を彷徨わせてある一点を見るとギョッとした。


「あれは……なんですか?」


 男性が指を指した方角を見ると、遠くにうっすらと山が見えた。

 ……いや、違う。

 さっきまであの方角に山などなかったはずだ。

 巨大な何かがそこにある。

 男性の声が切っ掛けになったのか、パニックになった時とは違うざわつきが広場に広がり始めた。


「静かに、静かに! あれがなんなのかは後日調査する。歩けるものは帰宅せよ。家が崩れていたら公爵様の屋敷に来るように」


 兵士が大きな声でそう言って手を何度か叩くと静まっていった。

 調査するという言葉で安心感が生まれたのかもしれない。

 余震もなかったことから無事なものは解散することになった。


「ふぅ、できることはやりました」

「司祭様、ありがとうございます」


 医療スペースも兵士たちに引き継ぐ。

 エルザはかなり憔悴しているようだったが、粗方の治療は終えたようだ。

 お礼を言ってきた子供の頭を撫でて、去っていくのを見送る。

 それから少しふらついていたので肩を貸した。


「頑張ったな。今は休め」

「どうせならおぶるかお姫様抱っこして欲しいのですけど」

「しょうがないな」


 エルザが頑張ったのは事実なので背中に背負う。

 柔らかい感触が背中と手に感じられた。

 お姫様抱っこはさすがに無理だ。


 宿に戻ると高級な宿だけあって対策もしてあるようでほぼ無傷だった。

 ラバたちの様子を見に行くと元気に飯を食っていた。

 盗賊が使っていただけあって度胸がある。


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