第454話 市場にて

 アーサルムの凄いところは、戦争の準備を進めているにもかかわらず市況はいつも通りに活発なところだ。

 物々しい雰囲気は街を歩いている限りではあまり感じない。

 行商人は絶えず行き来しているし、都市内部の空気は前回来た時とそう変わらない感じがした。

 冬も終わった今、鉄鉱石や燃える石の相場が上がっても生活にはそれほど影響しないのだろう。


 アーサルムの市民は戦争が起きるかもしれないということについて、あまり意識していないのだろうか。

 この都市の軍隊は徴兵制ではなく志願制だ。

 高い給料と十分な保証があるので中々人気がある。

 それに優秀な冒険者を軍の幹部として招いていると聞いた。

 バロバ公爵の側近もそうだったはず。


 そういう事情もあり、一都市が抱えている軍事力としては王国でも有数だ。

 だから自分たちとは無関係に感じているのかもしれない。


「うーん、この辺の娯楽は消費文化って感じがしていまいちね。楽しみを金で買うっていうの? 良いものを長く使う私には合わないわ」

「でも装備とか珍しいものも結構あるわよ。掘り出し物も見つかりそう」

「普段の装備なんかは良いものを使わせてもらってますからねー」


 うちのメンバーは全員普通の少女たちとはいえない。

 ただの娯楽ではイマイチ楽しめなかったので、アーサルムにある広場を利用して開催されている大市場を訪れていた。

 ここは金を払えば小さなスペースを借りることができ、そこで露店売りが許可されている。

 なのでそこらかしこに品物が並べられて売り買いされていた。


 物々交換も結構盛んに行われているようだ。


 アーサルム産の服飾やアクセサリーは流行りの品として扱われているようで、ここで買ったものを他の都市に持っていけば良い値段がつく。

 実際意匠も素晴らしく、宝石加工で有名なスパルティア産のものと比べても遜色ない。

 腕の良い職人が集まっているのだろう。

 ここで店を出せれば将来安泰に違いない。


 ウィンドウショッピングは意外と飽きないものだ。

 誰かが欲しそうにしていた小物なんかを買ったりしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。


「おっと、ごめんなさい」


 男がアズにぶつかりそうになったので、直前で華麗に回避する。

 見事な足さばきだ。

 アズは軽く頭を下げたが、相手は不愛想な顔で無視した。


「あれ……なんだったんでしょうか」

「スリよスリ。あんたこの中で一番おっとりしてるから狙われたのね」

「えっ」


 慌ててアズが懐に手を入れる。

 小さな袋を取り出して慌てて口を開いて中身を確認した。

 どうやら中身は変わっていないようでホッとしている。

 なにが入ってるのか聞いたら、プレゼントしたものを全て入れてあるらしい。


「トロそうだから狙ったけど、思ったより機敏に避けられたから手を出さなかったみたいね。ほら」


 フィンが先ほどの男を指さすと、男は別の誰かにぶつかりに行くのが見えた。


「あ、今財布を取りました。追いかけましょう」

「いいわね。面白くなってきたわ」

「分かった、行ってこい」


 アズとフィンに許可を出すと、あっという間に駆け出していった。

 あの二人が居れば十分だろう。


 すぐに追いつくと、アズが前を塞いで足を止めさせてフィンが男の手を掴む。

 すると小さな硬貨袋が地面に落ちた。


「私の財布!」


 盗んだ財布のようだ。

 先ほど男がぶつかった女性がそれを見て叫んだ。


「私がいないところでやるべきだったわね」

「このガキ……!」


 フィンに掴まれた手はびくともしない。

 なので空いた手を使ってフィンの髪を掴もうとしたが、その前に膝を蹴られて倒された。


「コソ泥が舐めんな」

「はい、どうぞ」


 アズが財布を拾って盗まれた女性に渡すと、女性は何度もアズに感謝の言葉を伝えた。

 それから懐から護符を取り出すとお礼だと言ってアズとフィンに渡す。


 スリはその後来た憲兵隊に引き渡した。

 一般市民はともかく、憲兵隊は戦争の準備で非常にピリピリしており、スリの男は乱暴に連れて行かれた。


「なにかしら、これ」

「見せてー」


 エルザがフィンから貰った護符を受け取る。

 司祭だから詳しいのだろうか。


「これは風の護符だね。風の精霊の御加護がありますようにってやつだよ」

「ふぅん。効果あるの?」

「お守りみたいなものだから……。少しだけど矢避けの効果はあるかな」


 エルザは苦笑して護符を返す。

 どうやら効果はあまりないようだ。

 風の精霊を信仰する地域で盛んに作成されているらしい。


 風の精霊そのものは風に乗ってどこへでも移動するからか、定住することはないとのことだ。

 風の精霊を見つけることは難しいだろうな。


「注目されてるみたいだし、移動するか」

「そうね。良い武器があったらいいなと思ったんだけど」


 アレクシアに用意した戦斧は未だに現役だ。

 オークションで落札した迷宮産のもので、なんだかんだとアレクシアと相性がいい。

 豪快な戦い方を支えている。


 宿に戻ろうとした辺りで、ふと空を見上げた。

 何故そうしたのか分からない。だが、なぜかそうしたくなった。


 そこにはさんさんと輝く太陽が鎮座していた。

 眩しいほどの光が目に入り、手で影を作ってその光を防ぐ。


 次の瞬間、地面が大きく揺れた。


 一瞬足が浮くほどの大きな衝撃で、思わず倒れ込みそうになったところをアズとアレクシアに支えてもらった。

 周囲を見るとエルザがオルレアンを抱き抱えており、フィンが周囲で一番高い建物に走っていったのが見えた。


 一瞬地震かと思ったが、アーサルムの近くには土の精霊石がある。

 土の精霊石の力の及ぶ範囲で地震が起こるとは考えづらい。

 あるいは土の精霊石の怒りを買ったならともかく、バロバ公爵がそんなミスをするとは思えない。


 なにが起きたのだろうか。

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