第453話 娘が可愛くて仕方ない?

 店でどっしり構えて商売をしていた頃と、今のように都市を飛び出して飛び回っているのと。

 どっちが楽しいかと言われたらどっちも楽しいと答える。

 店で客が商品を買う度に目に見えて金が増えるのもいいし、運んでいる間にどれだけ儲かるかを皮算用するのも素晴らしい。


 父が健在だった時には、経験を積めと言われて歩いて行商したこともある。

 あれは本当に大変だった。

 魔物や盗賊を回避するため輸送する軍隊にくっついて行ったり、護衛を雇った商人に頼み込んで同行させて貰ったり。

 あの時は代わりに色々と手伝って勉強させてもらった。


 馬車がないので運べる荷物も少なく、しかし背負わなくてはいけないのでそれでも重いのだ。

 そういう経験があるので、アズを買った時に道具袋は魔法で多く収納できてしかも重さを軽減できる特別なものにした。


 冒険者も行商人も足で稼ぐ商売だ。

 こういう便利なアイテムを揃えていくのは、多分剣だの防具だのと装備を整えるような感覚に近いんだろう。


 エルザとアレクシアに御者を任せてあるので、道中は暇だ。

 暇つぶしにカードで遊んだりもしたが、オルレアンが強すぎて負けまくったので止めた。

 勝ちすぎて申し訳なさそうな顔をされてしまったからだ。


 道中は多少風は強いが、高い金を出してちゃんとした馬車を買ったのでビクともしない。

 出発からかなり時間を掛けてアーサルムに到着した。

 アナティア嬢のおかげで関税無しに大量の鉄鉱石を運び込める。

 これだけでも十分利益になるのだが、今は需要が増えて付近の都市に比べて売値も上がっている。


「相変わらず賑やかな都市ですわね」

「人が多すぎて圧倒されるのですが……」


 アレクシアとオルレアンが街を歩く人だかりを見ている。

 そうか、オルレアンは以前来た時はまだ居なかったな。

 帝国のダンターグ公爵が治めるアテイルもかなり規模の大きな都市なのだが、今のアーサルムは大陸一の都市といってもいい。


「堂々としてなさいよ。そうビクビクしてちゃ余計目立つから」

「フィン様、そうは言いますが少し歩けば人に当たりそうです」

「オルレアンちゃんの体格だと人混みに流されちゃいそうだね。手を繋いでいこっか」


 隣で話しているのを聞きながらアーサルムを見る。

 ここには人も物も、そしてなにより金が集まる。王都よりも、帝都よりもだ。

 人が多いということはそれだけで圧倒的な優位がある。

 最近はうちの都市も人が増えてきて景気が良くなってきたのを実感しているところだ。

 成長している都市というのはそこら中にチャンスがあると思うとワクワクするな。


 少しお高めの宿を抑えて、その足で馬車ごと公爵の元へ向かった。

 ここは交通にも馬車を使うから都市の中の道路も整備されていて移動しやすい。

 アナティア嬢から預かった手紙を届けると、すぐにバロバ公爵と会えることになった。

 手紙のおかげだろう。


 久しぶりに会った公爵は相変わらず強く鋭い視線を向けてきた。

 最初に会った時と変わらない。これがきっと普通なのだろう。

 だが、どうにも少し疲れている感じもした。


 公爵という重責に加えて、太陽神教との問題が解決するどころか悪化していることが原因に違いない。


 釈明の機会を与えて、一年という期間を設けるという譲歩まで見せたのにいまだに使者が来ていないらしい。

 まだ期間はあるものの、こういう時は人を寄こすならそれほど間を開けずに動くのが通例だ。

 今回は特に人を寄こさないなら攻め入るとまで言っている。

 それでも何も行動を起こさないということはつまり、一戦交えても構わないという意思表示と受け取ることもできた。


 だからバロバ公爵は威嚇も込めて軍事力を増大させているのだ。

 もしこのままなら、この力を叩きつけるぞと見せつけている。


 そこに今回の商機があるというわけだ。


「娘がまた世話になったようだな」

「いえ、手伝って頂けて光栄ですよ」


 手紙には近況が記されていたらしい。猫の手亭のことも伝わったようだ。

 大変だったがあれでさらに評判が良くなったので箔も付いてこっちはむしろお礼を言いたい。


 僅かだが唇がほころんだのが見えた。

 娘を本当に大切に思っているのが分かる。

 あんなに美人で優しい娘がいたらそうなってしまうのだろう。

 うちの奴隷たちも決して負けてはいないが。


 ここでも十分な守りがあるだろうに、一度命を狙われたこともあってかアーサルムから王都へ移動させたほどの溺愛ぶりだ。


「あれとティアニス王女殿下の仲は悪くない。従者のカノンは色々と問題はあるが、護衛としては十分だ。王都に居る限り安全だろう」

「まるで姉妹のような感じでした」


 アナティア嬢がからかって、それにティアニス王女が反応するといった感じだった。

 かといって怒るでもなく、少し嬉しそうだったな。


「ティアニス王女殿下がもっと幼い頃に、しばらく一緒に過ごしていたからな……。血も近いからある意味姉妹というのは間違いではない」

「なるほど」


 相手にするならアナティア嬢の方がずっと楽だ。

 今回もしばらく王都に居て欲しい。


「手紙を届けてご苦労だった。燃える石と鉄鉱石は相場で買い取ろう」

「ありがとうございます。お役に立てて光栄です」


 そう言って頭を下げた。

 すぐ会えたのはやはり手紙のおかげだったようだ。

 手渡しなら即渡して読めるからアポを省略できる。


 公爵と別れた後は、案内された場所で鉄鉱石と燃える石を計量し、買い取って貰う。

 道具袋にも山ほど詰め込んだので結構な量になったが、今の巨大な需要から見れば微々たるものだ。


 とんとん拍子に話を終わらせることができた。

 なにかとトラブルが起きて対処に追われることが多かったから新鮮な気分だ。


 売り払った相場は予想よりも高く推移していた。

 十分儲かったことだし、慰安も兼ねて少しアーサルムに滞在してもいいかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る