第456話 これからどうしよっか

 被害が少なかった宿はそのまま泊まれることになった。

 宿が営業できないとなると、泊まる場所がなくなって都市を出るしかなかっただろう。

 復旧の邪魔になるくらいならそうした方がいいのだが、なるべく情報を集めてからにしたい。


 商人だからこそ出来るなにかがあるはずだ。


 宿のラウンジではしきりに噂話や情報交換が行われていた。

 フィンがまだ戻って来ていない今、多くの情報が得られるのはここだろう。

 この辺りに知り合いはいないので聞き耳を立てるだけになるが、それでも嫌というほどたくさんの意見が聞こえてきた。


 数十年ぶりの地震だの、誰かが極大級の土魔法の実験をしたのだとか。

 どれも憶測にすぎないものばかりだ。

 ここでなにが原因かは掴むことは出来ないだろう。


 それよりも現場の状況が知りたい。


 建物の倒壊は高級住宅街ではほぼ起きていない。

 魔法による保護や、建物の強度がそもそも高い。


 逆に低所得者層が多く住むエリアは被害が大きいようだ。

 犠牲者も出ているらしい。

 兵士たちや被災者が協力して救出活動を今でも継続して行っている。


 少しすると、何人かが炊き出しをやろうと言って移動していった。

 どうやら食料を扱っている商人が食材を提供することになったらしい。

 怪我もなかったので、その分協力しようとのことだった。


 手伝いたかったが、こっちも広場での救助活動でかなり消耗している。

 今回は見送るだけにした。

 熱心になりすぎて体調を崩しても結局邪魔になってしまう。


 飲み物を注文し一時間ほどで切り上げた。

 思ったより疲れているらしく、オルレアンに顔色を指摘されたからだ。


「旦那様、今日はもう休みましょう。なにかあればすぐに出発できる準備はしておきますので」

「そうだな……それとフィンが来たら起こしてくれ」

「分かりました」


 オルレアンに一旦任せて体を休めることにした。

 ベッドに横になり、目を瞑ると途端に体が鉛のように重く感じた。

 自覚してないだけで思ったより疲れていたらしい。

 すぐに意識が深く沈んでいった。




「起きて下さい」

「そんなんじゃ起きないわよ。こういう時はこうやるの」


 話し声が聞こえたと思ったら、急に息苦しさを感じた。

 一気に苦しくなり、飛び上がる様に起き上がる。


「ほら起きた」

「フィン様、鼻をつまむのはやりすぎかと……」

「私を誰だと思ってんの。加減は分かってるから大丈夫だし息の根を止めるならこんなまどろっこしいことはしない」

「俺は大丈夫じゃないぞ。遅かったな」


 どうやら寝ている時に鼻を掴まれたらしい。

 呼吸ができなくなって息が苦しくなったのか。

 一体雇い主のことをなんだと思っているのかと思ったが、ふざけている様子ではないのでそれだけ急ぎのことだったのだろう。


「地震が起きてからすぐに高い建物から震源地の方を確認してみたわ。見たかもしれないけど、雲を突き抜けるほどの巨大ななにかがあった」

「もう見た。あれはなんなんだろうな」

「さあね。薄っすらと形が見えるくらいで分からないわ。ただとても遠い場所のはずなのに見えるってことは相当な大きさよ」


 フィンの言葉に頷く。

 最初は山かと思ったほどだ。

 あれがなにかはバロバ公爵が調べるだろう。

 迂闊に近づく気にもなれない。


「それだけならこんなに遅くならないわ。その後情報が集まる場所に色々と顔を出してたの。といってもあんまり収穫は無かったけどね。分かるのはバロバ公爵が土の精霊石の様子を見に行ったことくらいかな」

「そうか。突然のことだったからな……」

「ちなみに地震はありえないとだけは言えますわ」


 寝ていたアレクシアが起きる。

 どうやら目が覚めたらしい。

 彼女はオルレアンから水を受け取ると、一気に飲み干した。


「水の精霊の暴走を見て分かると思うけど、精霊が本気で起きたら天変地異すら起きるの。土の精霊が原因なら揺れが一回で終わるはずがないし、そうでないなら土の精霊の加護下にあるこの一帯で地震は起きない」

「だからこれは地震じゃないと」

「そういうことよ。その巨大な……なにかが出現した余波じゃないかしら」

「結局あれを調べるまではなにも分からない、か」


 水の精霊が暴れた時は凄かった。

 それこそ今話題になっている、雲より大きななにかと比肩するくらいの水の巨人が現れたのを覚えている。

 あの時は人間に対する殺意はなかったので脅かす程度だったが、あんな質量のものが暴れたら都市の一つや二つ簡単に均されてしまう。


「あれが暴れるってことはないよな?」

「それは分からないとしかいえないわよ。気になるなら調べるしかないでしょうね」

「俺たちだけじゃ行きたくないな。そもそも許可が下りないだろうし」

「まぁ、特になにかする必要はないでしょう。復旧活動を手伝うくらいかしら」


 アレクシアの言う通りだった。

 なにかしなければという気分になっていたものの、実際にできることは少ない。

 食料を輸送してきたわけでもないので、先ほどの人たちのように炊き出しもできなかった。


「それもそうだな。運んできた鉄鉱石や燃える石は復旧にも使うだろうし……しばらく建築資材や食料をこっちに優先して回すか」


 アーサルムは王国の第二の心臓だ。

 その恩恵は十分すぎるほど受けている。

 今回のことでは犠牲者は出ているものの、都市機能は失われていない。

 その復旧に少しでも協力することで助けになればこっちも助かるというものだ。


「手伝えることを粗方したら公爵に挨拶して一度カソッドに戻るか。ここじゃ出来ることも少ないしな」


 今手元にあるのは仲間と金だけだ。

 装備はあるものの、戦うわけではないしなにかするにしてもカソッドに戻る必要がある。


 しばらくしてアズも目を覚ましたので、食事を取ることにした。

 宿の食堂はしばらく開けられないとのことで食料を詰めた道具袋を取り出す。

 小麦粉に水と塩。そして少しの油を混ぜて生地を作り、少し休ませる。

 適度な大きさに切り分けて丸めた後にのばして平らにしていった。


 鍋を取り出し、アレクシアの魔法で温めてもらう。

 部屋で火を起こすのは当然ダメだが、魔法で鍋を温めるのは問題なかったりする。

 温めた鍋に油を敷いて生地を焼くと、薄いパンが焼き上がる。


 これは膨らまさないパンなのでふっくらとした食感はないが、手軽に作れるし食感もパリパリして面白い。

 バターを塗って燻製や塩漬け肉を挟めば立派な一食になる。


「エルザ、出来たぞ。こっちに来て食べな」

「今行きます」


 エルザは目を覚ましてからずっと巨大ななにかを窓から見つめていた。

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